石川博品『夜露死苦! 異世界音速騎士団"羅愚奈落" 〜Godspeed You! RAGNAROK the Midknights〜』

 久々に石川博品の傑作を読んだ!ネルリ以来だ!と思ったが、そういえば後宮楽園球場も四人制姉妹百合物帳も平家さんと兎の首事件もあたらしくうつくしいことばも傑作だったので、ネルリ以来ではなかった。いい小説をたくさん書く人だ。ビッとしている。
 しかしネルリ以来と思えるくらいにすばらしい小説だった。言葉に対する感度が高い作家だから、異世界物といってもファンタジーという異世界、暴走族という異世界、Jポップ風乙女という異世界、青春という異世界が多層的に重なり合って、美しい言葉の工芸細工のようになっていた。文体や表象だけでなく、カズパートとリコパートの間の絶妙なずれ、というか余白が時には滑稽で、時には切なく、惚れ惚れとする。
 パロディ文体の奇形的な進化はニンジャスレイヤーで限界に達したと思っていたが、石川センセの暴走族文体がまた別の到達点になった。中盤は少し中だるみしたように感じた瞬間もあったが(「俺また何かやっちゃいました?」的な展開がベタに出てきているように思われた)、見事な終盤でどうでもよくなった。リコのモノローグだけの部分で終わったということは、カズがどのように振舞い、何を考えていたのかは正確にはわからないし、わかる必要もないということだ。むしろ、カズは途中から「陰キャ」から神話的な暴走族へと変貌しているように思われる瞬間もあったりして、実はリコサイドが現実で、カズの目に移る世界がウソなのではないだろうかと思いがよぎったこともあった。「藪の中」の美しい応用であり、美しい真実は現実を侵食できるものだと思えた。男と女の世界観はこれほどまでにかけ離れているという比喩のようにも思われたが、これだけかけ離れているのにむしろすがすがしい。かけ離れているからこそすがすがしいのかもしれない。いずれにせよ、そう思わせる魔法のような作品だ。
 羅愚奈落や他のヤカラの皆さんの人物描写は浅かっただろうか。人間というよりは記号として描かれていただろうか。人間というよりは、異常な言葉を話す怪物だっただろうか。言葉は動物の鳴き声のように種類が少なくとも、動物の鳴き声のようにうそ偽りなく、全力で発せられる。そんなトロい人間性など暴走族には必要ない。速度の中で生きているのだ。後に残るのは美しい幻だけだ。