あまり意味のない雑記

 イカミルク美咲ルート終わり。前回までで感情移入しすぎたこともあり、あの後は普通にハッピーエンドへと進んでいってしまった。チェーホフはいつも中途半端なところでうまく終わらせていたけど、なかなかそうもいかないか。


 あんまり眠くなくても目をつぶって横になっていることがささやかな贅沢になっているこのごろ。これをやると休みが1日しかない週はそれだけで終わってしまうが、それでも止められない。その間に漠然と頭を通過させてきたことを、意味はなくても、もう一度軽く混ぜ返さないと、本当にすべてが跡形もなく無くなってしまいそうで精神的な安定が保てない、という不便な精神構造にいつのまにかなっていた。たぶん非効率なことが許された学生の頃からだろう。何のことだか分かりにくいが、主に趣味方面のこと。仕事のもたらす歪みの精神的な捌け口としての小説やエロゲーやアニメなのに、それら自身のほうで歪んでいたり機能不全だったりすると、うまく回せなくなる。最近はそれがよくある気がする。アニメのクラナドは明るすぎだし、とらドラは極論するとついた離れたの狭い話だし、東方は形式で内容を作っているような危うさがあるし、エロゲーは結局抜いて終わってしまう。
 昨日はアニメのホワイトアルバムを見てみた。こんなに暗くて台詞回しが迂遠な、いいシナリオだったっけ、という感想。まあ、アニメだと見せ方は変わって来るんだろうけど、ホワルバはカノンに続いてやった2作目のエロゲーで、当時としては物足りなかったし、システムの面倒くささもあったりした。今はこの暗さがそこそこ心地よかったりする。アニメの脚本もきちんと考えて作っているのだろう。アイマスとかミクとか、おっさん層に訴えるものが流行っているこのご時世(Youthful day's graffitiのイラストとかクルものがある)、まだ携帯が公衆電話にとって代わっていなかった1986年を舞台にしたメロドラマも、すんなり受け入れられる。というわけでか、まどろみながらいろいろ反省する作業にはホワルバ成分が活躍してくれたらしく、風子がアニメホワルバのヒロインになって、暗くて痛い雰囲気を出しているような夢を見た(風子がなぜかおっぱいが大きくなっていることに関して、緒方英二といやらしい会話をした夢)。寝ることが娯楽っていうのはすごく貧しい感じがするけど、どこかで何も見ない、聞かないという時間を持たないと、自分のペースがなくなって周りに合わせて頭を切り替えるだけというヤバいことになりそうだということを、一応確認だけしておく。