20年遅れの告白

 中学の恩師の通夜があって、小中学校の頃ずっと好きだった人から連絡を受けて、その人の親御さんが出してくれた車に乗せてもらって一緒に顔を出してきた。通夜の後に同窓会的な懇親会があって、その後の二次会では彼女とその友達と僕という3人でファミレスで深夜までだべり。3人とも当時はいわゆる優等生で、生徒会の副会長だったり、学級委員だったりして、成績は学年トップ勢だった。今は30台半ばにさしかかろうとしている独身の人たちである。僕はニッチだけどそれなりに責任ある仕事をやっており、彼女は某省の役人、その友達は外資系の大手某社で役職についている。なぜだかみんな自分の中に高いハードルを設けてしまい、すぐには結婚しそうな気配がないが、関心は高い、という中でだべっているうちに水を向けられてついに、彼女に昔好きだったことを言ってしまった。内心どう思われたかはあまり深く考えたくないので措くとして、昔何年も憧れていて、冗談半分に気になる人みたいなことも言われたことがあって、当時は僕が本当にちょっとかっこよくて何かありそうで興味を持っていたと改めて言われて、今でも明らかに大物になれる野心を持っていながら、あからさまな婚活は出来ずに白馬の王子様が現れるのを待っているという彼女に告白したら、顔を赤らめてくれたのは嬉しかったと正直に言っておこう。ただし、僕が何年間も告白できなかった(子供には告白などということ自体が選択肢として頭に思い浮かばないということもあるが)ことからも言えるが、彼女には、一段上等な人間として、そのカリスマに惹きつけられていたというのがおそらく本当であり、性的欲望の対象として所有したいというのは二の次以下だったと思う。中学卒業以降、何度か突っ込んで話す機会があって、彼女が何を考えて何を目標にして生きているのか(「目標」を立ててそれに向かって努力するというのが彼女らしい;他方、僕は「目標」など立てず、ただきれいなものやすごいものに惹かれて追いかけ回している人生、二番手の人生、翻訳者の人生だ)知るようになってからもそれは変わらず、彼女を失望させるのが厭だから僕は彼女の隣に立ちたくないだろうなという気がする。ましてや今の僕はこのブログで散々ぶちまけているような体たらくの人間である。今回告白したときには、こっち方面のだめっぷりまでぶちまける勇気はなく、というか彼女に余計な不快感を与えるだけだろうから伏せておき、弛緩のベクトルではなく緊張のベクトルのほうの話(学生時代の理想とか今の仕事に関する野心とか)ばかりした。こうして、深夜のファミレスという微妙な場所で、20年間の懸案を片付けた。今は彼女に恋愛感情を持っているわけではないが、それでも当然、まったくどうでもいいということはなく、むしろ惚れ直すことが出来ない自分に不甲斐なさを感じ、とはいえここまで堕落した自分にはもう無理だという諦念に落ち着く。まあ、そんな感慨が、自分の小中学校時代が残してくれた思い出というのは悪くない、むしろ僕にとっては出来過ぎなくらいだ。
 (ここに書いてよいか迷ったけどやってしまう。どうか罰が当たりませんように)