大図書館の羊飼い (60)

 流行りのイケメン主人公の全能感をくすぐる設定に若干息が苦しくなる。「反射的に俺は右手を伸ばす。『……え?』 そして彼女[まだ結ばれる前の望月会長]の頭を撫でていた」という超人である。トラウマ設定とか人格障害とか出てきてもあまり説得力ない。下から上に舐め上げるようなカメラの動きが律儀に出てくるのは何なのか。アニメならばつっこみを入れつつ笑いながら鑑賞すればいいのだけど、エロゲーは没入して、ヒロインと結ばれなければならない。こんなふうにモテモテの頼れる策士でい続けるのは心臓に悪い。フィクションにむきにならなければいい。でもこのかけあい、60%くらいの切れ味で毒も華もないかけあいが生々しい。言葉は放射状に広がっていかず、脱線や転調を許さず、自分や相手のポジションやキャラをいじるなり、追認するなりするものばかりで、まことに息苦しい。図書部は団結しすぎである。小太刀の冷めた視線は、彼女が壊れているからなのだが、それでもまっとうなように思える。


 もちろん、物語としては、主人公も含めた各キャラは、従来の自分の性格やポジションに問題を抱えていて、図書部での活動を通じて新しい自分を獲得していくという流れになっているのだが、その新しい自分というのが予想通りで行儀良すぎ、安定感があり過ぎで風通しが悪い。すべてのセリフ、すべてのシーンがそのキャラのポジションを強調するためのツールでしかないように思えてつまらない。もはやこの全能と正義の図書部が世界を治めろよという感じなのだが、実際のところ図書部からは「日本を背負う人材」が出るとかいう設定になっているのである。加えて、この図書部が連なる裏方物・運営活動物というジャンルの持つ年寄り臭さ、意識の高い系っぽさが個人的に好きではないので(世界には謎はない、何でも話し合いで理解し、根回しで動かすことができる)、共通ルートの評価は低くなる。同じ自意識物であっても、身体を張って自爆し続けていたクロスチャンネルの必死さとは様子がだいぶ違う。色々難癖つけてしまったが、さらにつけておくと、図書部のBGM、Comical Oasisという曲がダメだった。退屈な日常を象徴するような淫らな曲だった。唯一いいなと思ったのは御園千利のテーマのコル・カントという曲だった。あとはタイトル画面の曲もかな。まあ、ゲームを離れて曲だけで聴けば、どの曲も違った印象になるのだろうけど。


 図書部は自らの正しさを半ば自動的に証明し続ける機械である。図書部は次から次へと舞い込む頼まれ事を処理し続ける機関であり、そこには現在しかない。どこまでも続く日常。裏方なので祭りさえも業務であり日常。大陸的とさえ言えそうな時間感覚。世界の中心である。図書部を集めたのは小太刀であり、羊飼いとしての彼女の退屈な前途を匂わせる。その意味では、図書部の退屈さを小太刀というヒロインと共に内面化することも可能だ。小太刀だけではなく、各キャラが抱える硬直感と関連付けることもできる。


 だから、本作が面白くなるのは図書部を離れた、ヒロインとの1対1の関係の話だ。いくら図書部の雰囲気が気持ち悪くても、ヒロインの悩みを解決してあげるクールな主人公が鼻についても、それでもやはりヒロインの悩みを聞き、その心を預けられるというエロゲーの古典的な心地よさに間違いはない。ただし、繰り返しになるが、意外性のない展開、意外性のない掛け合いが続くので、ドキドキしたり幻惑されたりすることはない。ファンタジーはない(羊飼いの設定はファンタジーだが、正直なところ活動内容に図書部と大した違いはないので、幻想性は薄い。羊飼いナナイはくたびれたおっさんである。図書部員を何十年も続ければあんなふうに優しくて薄いおっさんになれるのだろうか)。あるのは面倒な(あるいは幸せな…感情移入できれば)きっちりした相互理解の業務だ。これが仕事でないとしたら、それは彼女の気持ちが自分に向いているという当事者性のおかげだ。あとは彼女の若さとか(童顔ばかり描く絵師で感謝)、「きっちり」した萌え要素的な何かとかだ。

私は、変態なのかもしれない…軽蔑してくれても構わない。笑わずに聞いてくれ。私は……筧のことを考えて、その……濡れてしまったことが、あるんだ。実は、濡れただけではなくて……。少しだけ、敏感なところに触ったりもしていたんだ。

 本作の数少ない笑えるところだった。明日君の泉水小夜のような男らしくさっぱりした口調の女の子が、自分がキャラ設定に染められていることを失念して、思わず素の独白っぽく打ち明けているところが可愛らしい。玉藻さんは抱えている問題もけっこう共感でき、優等生、お嬢、男前、生真面目という設定と、なよっとした脆さや無言で追い詰められていく様ががうまく馴染まないのも素晴らしい。趣味の絵についてあまり説明しないのもよかった。


 意外性の不足を補ってくれたのはサブヒロインたちで、その意味では図書部員ではない嬉野さん、芹沢さん、望月会長の短いサブシナリオのほうが、メインヒロインの話よりも意外性とスピード感があってよかったとさえ言えそうである。特に嬉野さんと芹沢さんは声が好みだったのでよかった(大げさに言えば、日常的過ぎるメインヒロインたちと違い、幻想的なアニメ声だった)。


 佳奈すけは裏表があることがあからさまに明示されすぎていたのが残念だったが(ついでだが、彼女に限らず、時々ヒロイン視点や主人公抜きの図書部視点に切り替わるのはかなり興醒めだった。人間付き合いに問題のある連中が集まる部活だからこそ、安易に内面を描かないでほしかった)、言葉に毒された人間という設定なのでこちらもやりやすい。でも、できれば彼女をもっとかっこ悪く描いてほしかった。恥ずかしいヤツのはずなのに、爽やかなひょうきん者になってしまう。その器用さが彼女抱える問題なのかもしれないが。というか佳奈すけは、知らないので妄想上のカテゴリーだけど、男と付き合うことには縁の遠い女子高育ちっ子なのではないのか。性転換してして女子高に通ってみたいという願望を叶えるのが佳奈すけとの掛け合いなのではないか。それなのに男女の関係になってしまったことの決まり悪さを味わいたかった下品なプレイヤー。全体的に女優の写真ように絶妙な姿勢の立ち絵が多い作品だけど、中でも佳奈すけが正面からこちらを見てくる絵はすらりと決まりすぎていて、彼女自身それを見たらきっと茶化してしまうに違いない(かがみ姿勢の絵)。それでもここぞという時には決めてくるだろうし、そんな彼女を見られたら嬉しいのだけれど。


 白崎つぐみ。彼女のCVはソーニャ・フェオファノワと同じ三代眞子さんで、白崎さんはやっぱり同じように明るくて前向きな朗らかおっぱいさんだったので、何か特別なものを感じざるをえなかった。彼女が明るいからこそちょっと困らせたいという黒い欲望が沸いてくるわけで、エッチシーンがよろしい。そして、それでもゆるぎない女の子だと安心できるので眩しい。


 主人公はさんざんヒロインに救われたと念を押すけど、あまり迫真性がない。どこまで読んでも主人公はヒロインより精神的優位にいるように見える。何だか自分が主人公に嫉妬して、主人公とヒロインの足を引っ張りたがっているクズに見えてきて憂鬱である。しかしこの理詰めの物語では、やはり最後まで彼ら(と主人公を対象化してしまったら敗北なのだが、エッチシーンでの京太郎連呼は事実嬉しくなかった)の幸せにはあまり説得力を感じることができなかった。本作の優れた小技の一つに、各シナリオの最後の一枚絵がカラーからゆっくりとセピアに変わってフェードアウトするという演出があるのだが、そういうふうにうまくピントを調節して本作のハーレムを楽しみ、健全な人間になりたいものである。