こころナビ (80)


 とてもいいゲームだった。
 起動してOPムービーが流れてすぐに引き込まれた。溝口哲也さんという方の作る音楽が好きということもあるのだろうけど、多分、この作品で描かれているようなネットの未来が好きなのだろうと思う。それは音楽にも現れているし、作品が作られた頃のネットの雰囲気を感じられるところにもある。2003年といえばはてなダイアリーが始まった年だそうで、アニメではラストエグザイルが、前年にはあずまんが大王灰羽連盟最終兵器彼女が放映されたという。牧歌的な個人サイトの時代はもう終わりかけていたかもしれない。といってもまだSNSはなく、代わりにエロゲーをやるような人は2chに入り浸ってキャラのスレやらトーナメントやらを楽しんでいた。この作品の感想やレビューを、それこそ個人サイトも含めて漁ってみたりすると(最近はESにリンクを登録する個人サイトが減ってしまったようだけど、この時代の作品にはたくさんある)、発売当時から作品のシステムそのものや作品内で描かれている世界が古いという反応があったようだ。個人的には、ラウンダーのキャラデザやIRIS内の背景、あるいはラウンダーというシステムそのものに、伺かの時代の空気を感じさせられる(コナの太い手足や、信じきったように微笑む舞耶ちゃんの目や眉や口の形)。2003年には伺かのブームは少なくとも下火になっていただろうし、僕はリアルタイムではそのブームを知らないので思い込みなのだけど、この作品のコナやセルフラウンダーは、伺か運動の夢をさらに推し進めたようなものだと思う。5年後を舞台にしたこころリスタでは、IRISはすでに非アンダーグラウンド化した上で埋もれてしまったマイナーなサービスになっていたというのも、寂しいけど現実的な設定だったと思う。主人公の部屋の背景が大きく変わっていて、5年でこの差は主人公の家の経済力の差なのかと勘違いしたくなるような寂しさもあった。
 脱線したが、640x480サイズを全画面化した少し暗い画面に流れるOPや、ゲーム冒頭の背景画やBGMの音色から、そういう時代(あるいは少し前の時代)の空気が一気にドバァっと吹き付けてくるような気がして、何かそれだけでほろりと来る。そう、パソコンの画面ていうのは今みたいにシャープではなく、字がギザっていたりしたのだった。プレイ中に切り替えると他のブラウザの画面も一瞬640x480サイズで映ったりして、昔の視界が甦るようで懐かしくなる。作品は実際に古いのだから(たった13年前だけど)、別にノスタルジーを狙っているわけではなくて、あくまで最先端の未来のイメージとして描かれている。それなのに薄暗い画面で、ワクワクするような明るいネット世界の冒険にいざなっているんですよ。繰り返すけど、OP「こころつなげて」はよい。

会いたい 信じたい 感じたい 探していた 恋する気持ちを 歌おう オーロラ揺れる 夜空見上げながら 誰に合わせることもないよ 触れよう 自然の流れ 優しくなれるから たとえ 雨に凍えていても 近いのに遠い二人 ここでは繋がってる 夢でも現実でも 心は一つ あなたに出会えて 感じた全てを 特別だと思えるから 神様に願わなくても 迷いなんてない いつでも会いたい 知りたい あなたの 世界中にキスを ほらクリックして あすへ飛び出そう 信じていて 思いは届くよ

起動するたびに見てしまう。単に三拍子(でいいのかな)の曲が好きということもあるが。はじめの「歌おう オーロラ揺れる」の母音の連続から流音の連続に移る鳥の歌声のようなところがよいとか、そんな細かい話だけでなく、全体の雰囲気がとてもよい。
 それでゲームをスタートしたら、すぐにこころリスタの好きなBGM「モノクローム」の原曲が流れ始めてじーんとくる。こころナビのファンの人がこころリスタをやって「モノクローム」が流れたときに何を感じたかは分からないけど、僕はこころナビを後にプレイして順番が逆だったとは思わなかった。むしろ正しい順番だった。主人公がつけたPCのモニタが液晶ではなくブラウン管みたいに丸みを帯びているのを見てその思いを強くした。僕もはじめは誰かのお下がりのブラウン管のモニタでエロゲーをやっていたし、ネットも見ていたんだった。PCの駆動音も何かあんな感じだった。主人公がホームページを作るときのワクワク感も懐かしい。説明入りのリンクページを作って、リンク先のサイトに報告の挨拶をしたり(僕もリンク先サイトの紹介文とか熱心に読んでたなぁ)、カウンターや掲示板やチャットルームを設置して常連を迎えたり(掲示板のログとかも熱心に読んでた)、イラストを描ける人が誰かに絵を贈っていたりとか。こんなふうに入り込んでいたところにBGM「Heart starter」が流れ始めると、本当にハッとしてテンションが上がってくるものがあった。
 こうした雰囲気を担保しているのが、主人公のナイーブさだろう。夢がある明るかった時代にふさわしい純朴なオタク少年で(イベントCGでけっこうガタイがよくてびびった)、臆病だけど爽やかであり、女の子たちも優しいので、ネットにワクワクしていた時代に帰れる気がする。
 もう一つ重要なのが、主人公の名前を変更できることだ。この作品ではハンドルネームも変更できるので、僕はブログで使っているものを設定する。すると、こんな感じやりとり延々と続いて幸せになれる。パートボイスの作品で、声優さんたちがかなり棒読み気味だったので(関西弁のみまりは比較的よかった気がするが)だいたいオフにしていたため、本名&本HNプレイのフィット感はかなり高かった。全画面で読み進めていたが、メモを取るなりしようとして画面を切り替えると、ブラウザ「こころナビ」から別のプログラムに切り替わるというところも作品にシンクロする。というか、最近はエロゲーのプレイ速度が落ちてきているので、プレイしながら忘れないようにメモ帳にストーリーや気に入ったセリフをメモしたりしながら進めることが多いが(昔は一気呵成に進めて勢いで感想も書けるだけの時間と集中力があった)、この作品にいたってはあまりに本名やdaktilと呼ばれる嬉しいシーンや、名前を呼ばれなくても文章に味があったり、立ち絵の表情が可愛かったり、立ち絵と文章の組み合わせがよかったりする瞬間が多くて困った。はじめはプリントスクリーンボタンを押してペイントに貼り付けて名前を付けて保存していたけど、20枚くらい保存したところでこれは無理だと思い、エロゲー暦12年目にしてようやくスクリーンショット連続保存ソフトをインストールする羽目になった。結局、全体で500枚以上の画像を保存した。当時はもっと保存した人もたくさんいただろうと思う。Pretty Cationのときは主人公がヒロインの裸を撮影したり、日常シーンでも撮影機能があったりするのが好きではなかったけど、こうして主人公ではなくプレイヤーとしてなら狂ったように撮りまくってしまうのはおかしな話だ。そうした視点の問題だけでなく、絵とテキストの組み合わせのよさも重要だったりするのだろう。音声がないので、時間性が弱くなっていることも関係があるのかもしれない。
 全体的に立ち絵が素晴らしく、どのヒロインにも可愛さで殺しにかかってくる瞬間があった。例えば、小春:???、夢:???、みまり:???、アイノ:???、ルファナ:?、凜子:????
 小春は顔を赤らめているときの表情や、無防備な正面向けの顔がよかった。
 夢はメガネがとても正しい四角で素晴らしく、斜めの絵可愛かったのはマリポ先輩の元祖だからだろうか。
 みまりは目と眉と口のバランスが素晴らしく、笑うと垂れ目気味になるのが反則であり、頬に朱がさしたときが素晴らしく美人だった。巫女服を着た佇まいもきれいで、私服時の微かに澄ました感じの目元も素晴らしい。関西弁キャラが苦手な自分としては、視覚的なところからどうにも目が離せなくなっていった。
 アイノは俯き気味のポーズがよかった。あと、横向きになって頬が膨らんだようにも見える表情で、目が切れ長に伸びて寄り目気味になるのが美しい。
 ルファナは割と普通なのだけど、制服バージョンになったときが可愛さが増した。
 凜子は照れたときもよいが、それよりもちょっと不安そうこちら窺っているときの顔が妹感(というか眼差しの子供感・肉親感)が強くてどきりとした。
 ラウンダーでは特に舞耶ちゃんが可愛かった(繰り返し)。
 あと、立ち絵が2段階、さらには3段階で表情を変えたりするのがよかった。現在のゲームのはっきりしすぎていてデフォルメ気味の表情ではなく、もっと汎用性のある表情が多いので上品で、この時代のゆっくりした表情の切り替わり(切り替わるときに一瞬メッセージウインドウが消える)も変化をきちんとみることができて好きだ(ONEの立ち絵もこの点で素晴らしい)。音声がないので、この切り替わりの動きが時間性を担うものとしてのウエイトが増している気がする。立ち絵が人形劇みたいに画面の中をヒョコヒョコ動き回らないのもよい。そして、セリフにそろえて表情をあてがっているというよりは、セリフと表情が組み合わさって一つのシーンを作っているような感じ。
 全体に関する感想は大体こんな感じなので、後はプレイ順に個別の雑感を書いておこう。感想というより鑑賞になってしまったが、この作品なら仕方ない。


【小春】
・寝相がよい。そして背景画に映っている寝姿が死体みたいに静物化していて怖い。
・みはは。ほにいちゃんに通じるものがある。
・主人公と一緒に野球をやって、応援したかった子供時代。
・主人公と一緒に帰るために遠くからダッシュしてくる。すごく幸せそうな顔。
・告白シーン。眠ってしまってうまく告白できなくて焦るのが可哀そう。そして泣いてしまう。告白というより白状になってしまう。とても美しい告白シーンだ。
・舞耶ちゃんにも恋を体験させてあげたい → なぜかお医者さんごっこ思い出図書館
・舞耶ちゃんにお医者さんごっこという鬼畜の所業に罪悪感。
・小春に対する浮気の罪悪感も。幼馴染というのはつくづく傷つけられる存在だな。急に女として見られることになった小春が戸惑い、いったん距離を置くのも仕方ないのかな。
・他ルートにいく場合は最初に振らなくてはいけないし。
・そんな幼馴染だからこその舞耶ちゃんなのだった。
・エピローグ。プロ野球選手としての2年間の輝き。それを描かなかったのもありかな。思う(あるいは想像する)ものとしての思い出の力に対する信頼がある。


【夢】
・マリポ先輩がツボだった自分としてはガード不能だった。
・本当はない部活。この飼育部がこころリスタではああなるのかという感慨。
・絵を描くのが好き。「現実ではうまくいかなくても、ここでは、みんな私の絵で何かを感じてくれるわん。いつまでも頼ってちゃいけないけど……今はもう少し、ここで練習するの」。本番ばかりの社会人になってしまうと、この練習という言葉に甘い響きを感じる。絵、見てみたいなあ。
・ウサギの交尾 → 命の大切さを理解するために飼育部に入ってもらうよ。
・野菜のくずをもらいに行ったり、親を母ちゃんと呼んだり、弁当を作ってきてくれたり。話しているとエセ不良ではなくなってくる。
あの変な可愛い中国服。下のスカート(?)がどんな形なのか最後までわからなかった。
・「告白すると決めたけど、どうしてもギャグっぽくなっちゃうんだよな」。
・そのくせ自分も告白前にコンドームを買ったりしている。
・あたいは不良なので愛し合っていても付き合えないが、不良なのでエッチは教えられる。
・キスをすると四角いメガネがぶつかる。不良なのでめげない。
・「不良は…これくらいじゃ…なんとも……んくぅ!」
・ウサギに見られる差分という謎のサービス。
・嬉しくてラミューに全部報告、ラミューが話してしまってラウンダーがばれる。二人とも可愛い。
・ペットショップの前で。こんなふうに将来を夢見てみたい。


【みまり】
・気さくでくだけた人かと思いきや、巫女に対する思いが真剣。
・掃除や稽古などの地味な暮らし。後で歳を知ると、どんな気持ちで日々を過ごしていたのか、あんなふうに気持ちのよい人柄なのか、かえって気になってくる。(若い頃は)成績優秀で恋にも一生懸命だったという。その頃のみまりもちょっと見てみたい。
・「エッチとかなしでも相手してくれるの?」 これを本気で言っている美しさ。
・そしてハンバーガーをほおばる絵の可愛さ。つかず離れずの距離感に関西を感じる。
・自分の名前は好き?から自然に下の名前で呼ぶ流れに持っていくお姉さん。
・付き合うことは結婚までの準備期間と明言する、変わったヒロイン。
・「しばくよ」。
婚姻届のやり取りは緊迫感があった。目が潤んでますよちゃんと歩ける?。本当に変わった子だ。これで24か。
・廃病院でのシーン。これで目覚めるのだろうか。
・エピローグ。歳を気にしちゃうヒロインの可愛さよ。


【アイノ】
いきなりお嫁さんで参った。
自分の国を紹介するために、一人でひっそりホームページを作ったり、クリスマス仕様を準備にしたり。
・ザリガニを肴に正体不明になるまで一緒にウォッカを飲みたい。一緒にスケートもしたい。
・ちなみに、スオミはペテルブルクと国境を接していて、ペテルブルクにはスオミデベロッパー会社が何社か進出してマンションを建てたりしている。そのうちの1社にレミンキャイネン(アイノと同じくカレワラの登場人物に由来)という会社があって、「アイノ」という名前のマンションをワシリエフスキー島に建てている。というわけでアイノと一緒にアイノに住んで、白夜のペテルブルクで散歩したり、スオミに遊びに行ったりできたらいいだろうなと夢想。
・「あの………性交……してください…っ」
・次の日にいきなり日本に。この間の描写がないのがよい。
謹聴
・「ワタ、ワタクシと………せ、性交……ひい…
見惚れるいいのですカレワラかな
アイノ小さいなあ


【ルファナ】
・データくずの花火で一人で遊んでいる。
・デートとしてのサイトめぐりっていいな。
セックスをするのです
・外の世界に出て、雪を見て。部室で待っていてもらって。こころリスタがオーバーラップしてくる。
異なる重力が働いている。
・転校生としてやってきて学園エヴァもどき。でもひたすら明るい。別れのキスの場面の対照的な構図、ベクトルのダイブ
・リーヒラーティってインド人か何かかと思ったら、フィンランドの苗字だった。ルファナならインド人でもいいけど。開発者としてのイリス、リナックスを生み出した国としてのフィンランドのイメージだったか。


【凜子】
・部屋でDVDを焼いている。中身はなんだろうか。
・子供の頃、ペットのインコがタンスの隙間に落ちてわんわん泣いたことがある。そういう記憶があるからあの真顔の表情がいいんだよな。プールで子供相手にネットは男とも対等に戦える舞台だと語ったり、ネットの万能性を割りと信頼してしてそうなところに、凜子の危うさとか傷つきやすさがあるように思える。ストレスフル・エンジェルの管理人としては鼻で笑うのかもしれないけど。
・しかしお弁当を作ってくれたり頭がよかったりテキパキしていたりとハイスペックで、兄ちゃんは兄貴面することしかできない。凜子からするとそれがめんどくさいけどいいところなのだろうか。
・結局、凜子の方から好きだと強く言い出すことはなくて、こちらを受け入れてくれた形になった。そこをつついて凜子をからかうのは野暮で、口に出さないで何となく了解しておくのがいいんだろうなあ。
ランファンを通して見える凜子。「ワタシと……心の恋愛……しませんか?」といった時の凜子は、兄ちゃんのことを何とも思っていなかった可能性もある。エロゲーの文法的には、この時点で兄のことが好きで、ラウンダーを通じた「研究」は一種の絶望感からの逃避だったと見るのが正しいのかもしれないが、正体を明かしあったときの「驚いたね ……本気?」という反応を素直にとれば、兄と結ばれる可能性なんて想像したこともなかったように受け止められるけど、その後で速やかかつ冷静に「男嫌いだけど……家族には適用されないわけで。ま、別にいいんじゃないの?」とまとめてしまったところを見ると、感情は抑えているけどやっぱり嬉しいのかなと思う。切り替えが早すぎるところに、兄ちゃんを掴まえておきたいという焦りすら見たくなる。この辺のどちらに転ぶか分からないような緊張感が凜子との会話の面白さでもある。実際に選択肢を外してお風呂シーンを逃したときはがっかりした。
・お風呂でもこの緊張感。凜子自身どうしたらいいのか分からず戸惑っているのかもしれないけど、何もしなければそっけなくなってしまうキャラなので損をしているのかもしれないがそこがいい。会話しながら石鹸を全身に手で塗っていく。甘え方が分からない、というかこの兄ちゃんに甘えるなんてできないと自分を追い詰めてしまい、結局、兄ちゃんに「好きだよ」と言われて見事に一瞬で昇天。損な子だ。
・だからこそ、サーバーの中に自分の部屋を再現した独立スペースを持っていて、そこに入れてくれるということに淫靡さ、あるいはそんな凜子の可愛さにくらっとする。ここから先の畳み掛け(蘭煌との意識の混淆、ブラウン管越しのやり取り、通販、涙、輸血の話)は素晴らしかった。こころリスタで変奏されたのも頷ける。
空が晴れすぎていて気が遠くなる。
・「一人称をあたしに変えようかな」


うむお願いします