Musicus! 続き3

・仕事始めの憂鬱な朝になってやっと気づいたが、「今はつらくても、もう少し頑張れば芽が出る。うまく回るようになればもっと楽になって、いいものも作れるはず」という状態、これ僕の仕事のことでもあるんだよなあ。音楽とは比べるべくもないけど、僕の仕事にもほんの少しだけクリエイティブな部分があって、でもそこに労力をかけている余裕はあまりない(実際はかけているので残業が増えてる)。だから感情移入しやすかったのかもしれない。あまり気づきたくなかったけど。そんなことを考えて憂鬱になっていたけど、それを奮い立たせるには仲間(家族)の存在を思い出すのが一番なのだろう。僕に傷つけられると「ヒトリ・コドク、ヒトリ・コドク、ヒトリ・コドク……」と奇妙な呪文を唱え始めていじける家人の姿を思い出したら少し憂鬱が和らいだ。


・三日月ルートの入り口。「『もしどうしてもソロがやりたかったとしても、バンドはやめないでほしい。これが僕の本心だ』 そして僕は口を閉じた。これで、言うべきことは言った。あとは彼女が決めることだ。僕は黙って、その返事を待つ。」 この肝の座り具合よ。こういう間合いを持てる男になりたいもんだ。そしてきちんとした返事を聞かずに病院を出ても、「一晩考えれば答えを出してくれるだろう」と自分からは何も聞こうとしない。


・それからそのまま公園での子供との演奏のエピソードへ。「それじゃあ、妖精さんは音楽の国に帰ります。じゃあね」の「じゃあね」の声色が三日月らしい素直さがあってよい。そのあと、疲れて座り込んだバス停でこちらを見上げる三日月の絵がきれい。そして「私、とんでもないクズなんです」と力説する三日月。生ぬるいところでしか生きられないクリオネみたいな生き物。なんか怒っているみたいなんだけど、必死になると怒っているようなしゃべり方になってしまう人なんだろう。対馬が口説くように念押しする形になって、三日月は怒ったような顔をしながらも頬が紅潮しているのが可愛い。三日月は性欲が強いことになっているけど、全然いわゆる発情した状態にならないのが面白い。自分をコントロールできなくなると真面目に怒ったり泣いたりして、自分と戦うので相手どころではなくなってしまう。


・すべては偶然の成り行きなんだろうけど、結局三日月ルートでバンドがブレイクできたのは、ワンマンライブをやったからなんだよな。とすると、澄ルートでだめだったのは、水村オーナーがもっと早くワンマンライブをやらせてくれなかったからということになるのだなあ。めぐるルートについては、きっとエンディング後にそのうちワンマンライブをやらせてもらって道が切り開けたということだろう。


・家に帰ると仲間がラーメン鍋を作っていて、そこからメジャーデビューの話にいくという流れが好きだ。


・澤村くんの声優さん読み方がすごくうまい。長いセリフもメリハリがきいていてすごく自然に聞こえる。


・「『だから、私は愛のためだけに歌うことにしたんです。自分の心のためだけに。わがままかもしれないですが、正直に歌うということはそれ自体価値のあることだと思うんです』 まあ、今はこんなことを言っていても、三日月はきっとこの先この理由がなくなったとしたって、また別の理由をつけて結局歌うんだろう。理屈なんか全部後付けで、彼女の魂はなんだかんだいって歌いたがっている。」 なんか結論めいたものが出てしまっている。そして自分はそんな人間ではないという。


・メジャー移籍が決まり、花井のアパートを出る三日月。対馬の家に来る。先日、21歳の誕生日をチョコレートケーキで祝ってもらったという。今度は祝ってもらってよかったな。


・金田の娘誕生。生まれる前の部分から文章がうまくて面白い。子供に何をしてあげたらいいかとしんみりする金田。病院までタクシーに乗ってもいいのかという戸惑い。タクシーの中での不安。笑い要素やバカ要素がなくなるといいやつだ。麻里にも不安をぶつけて、逆に金田は「世界で一番幸せな人間だ」と笑って励まされてしまう。幸せな風景だ。でもなぜか妻にも金田君と呼ばれているのが面白い。三日月のぼんやりした話。携帯の新機種が出ると現行機種が古く見えるようになる。それは別に嫌なことではない。不公平ではないと思うようになった。古びることを受け入れるわけではないけど、拒絶するわけでもないという。大人になっていく感覚なのだろうが、本当は嫌いのはずだという。こういうぼんやりした話を金田娘誕生の知らせを待ちながらする。そして金田からの「やったぜ!」という会心の写真とメール。いろんな人の心情が描かれていてうまい文章だ。


・三日月はずっと丁寧語でしゃべる。自分を信用していないから自分の言葉に緩衝地帯を用意している。だから丁寧語のくせに結構好き勝手に言い放てる。同時に他人が容易に踏み込んでくるのが嫌だからでもある。といっても、親に怒鳴りつけるときには北海道弁が出るのだが。最終兵器彼女をちょっと思い出した。


・強い風の吹く夜。人間は宇宙に行っていないかもしれないという話からペレーヴィンの『オモン・ラー』を想起。ソ連の宇宙飛行士は実際には宇宙に行っていなかったという話。虚構に囲まれるとそれが現実になってしまう。三日月も虚構の音楽に囲まれて歌う意味からも対馬と一緒に幸せに生きるという可能性からも隔離されてしまう。欲望を見失ったので窒息し、せめて人に役に立つには自殺でもするしかないという話になり、対馬がバンドの解散を提案する。対馬も有名人であることに未練はないから判断が早い。ここからエッチシーンに進むのは、三日月を取り囲む虚構を取り除いて解放するという意味合いだろうか。対馬は自分が三日月に釣り合わないと冷静に考えているが、それは「余計なこと」だったと決断する。「ああ、本当にこれ現実なのかな……。夢だったら醒めないでほしいな……。こうやって何にも隠さずに全部見せあって、自分のことをよく知った上で認めてくれる大事な人とくっついて……世の中に、これより素敵な、嘘みたいなことってありますか……?」といううわごとのような声の感慨に三日月の性欲の源が感じられる。達した瞬間が描写されていないのが面白い。ピロートークの「私たちは、たくさん食べてたくさん寝てたくさんセックスして、精一杯生きて最後は野良猫みたいにどこかの溝でひっそり死ねばいいんです。そして他のくだらないことなんか全部雲の向こうの宇宙を超えてどこか遠い星の物語になってしまえばいいんですよ」、欲望を見出し、虚構から解放された三日月。翌朝、目覚めた三日月の神秘的な体験:「さっき、夜から朝になるとき、窓から太陽の光が差し込んで、こう、ばーっと部屋中の影が一斉に動いたんですよ。普段影が動くことなんか感じないのに、でも全部が生き物になったみたいにこうばーっと……へえ」そのあともその体験を反芻していたらしい。新しい世界で目覚めてチベット仏教みたいな神秘体験をして時間の流れが引き伸ばされたかのような。そしてバンドを続けようという意志。「ここでやめる必要はないと思うんです」「今回は迷惑かけちゃって、申し訳ないんですけど、でもあとちょっと、あとちょっとで何かに届くような気もするんですよ」「だから、少しでも私に期待してるなら、ここでやめないでほしいなって思うんです」――主体的にしゃべらず、自分を含めた何かをわきから観察しているような語法。そのあと半分我に返って、「あ、あともうひとつ、お願いがあるんです」「ここに、引っ越してきてもいいですか? そのほうが、きっと頑張れると思うんです」「嬉しい」そして彼女は笑った。それから3日間、ひたすら求め合う。そのあとも二人の時は猫のようにべたべたしてくるらしい(トイレまでついてきて離そうとする泣きわめく)。紅白の時にぼうっとしていたのは、この時の感覚と同じだったのかな。絶好調であり、ただ集中しているだけだという。「全部愛のパワーのおかげですよ」


・尾崎さんが地元の市役所で働いているとの風の知らせ。デビューライブの時に聴きに来てくれていたのに会えなかったのは残念だった。でも会えていたからといってどうなっていなのか。結局断って以来一度も会っていないことになる。ライブには満足してくれたのかな。


・実家で父親と酒を飲みながら打ち解けてしまう対馬。それを喜ぶ母。いい光景なんだけど、澄ルートの最後に電話をかけてきて気遣いを見せた父を思うと素直に楽しめなくなったいる。


・「特に三日月は絶え間なく身の回りのことを再検証する。だから、当たり前のようなことも何度も考え直して悩む。そうした行動は僕らが見落としがちなことを再発見したり、古くなったものを新鮮にしたりしてくれるが、その代わりに彼女の世界を安定から遠ざける。だから彼女は人よりも不安定なのだと僕は思っている。」 この対馬の観察が妥当なものなのかわからないが、妥当なのだとしたら、なぜ歌手(作曲はしないで歌うだけの人)はそれほど多くないレパートリーを何年も繰り返し歌い、そのために繰り返し練習しても、作品を飽きてしまうことがないのかということの答えになるのかもしれない。三日月は普通の歌手よりも一回一回の演奏に「不安定」な状態で向き合っているから、毎回全力を出せるのかもしれない。飽きないというのはひとつの才能だ。


・三日月ルートの対馬には、三日月や澤村がいて、自分の限界を割り切っているので自分の中に沈潜せずに済んだ。澄ルートに救いを見つけてあげたいがなかなか難しい。


・襲撃されて以後、落ち込むそぶりを見せない三日月。PTSDがどういうメカニズムの病気なのか知らないけど、対馬と結ばれて心に余裕があったからにもみえる。退院したらバンドに戻っていいですか、と無邪気そうに聞く三日月に対して、金田が「おう! 何言ってんだ、当たり前だろっ!」と力強く即答してまくしたてるのがよい。包帯をとった三日月の顔の絵はとてもよい。何を考えているのか想像した来るような表情をしている。まったく余計な連想なのだが、「どうでした? 気持ち悪かったでしょう? 嫌いになってもいいですからね」と少し無理をしている感じで言う三日月に対して、対馬が無言でキスをする場面、大審問官伝説の終わりのシーンを思い出した。キスというのはこういう時のためにあるわけで。


・右目の視力を喪失する三日月だが、そのことについては何も言わない。もともとナルシシズムとは無縁の自己評価の低い三日月だからおかしくはないのかもしれないが、それにしても少なくとも対馬の目には何も言っていないように見えるというのは少しおかしい。それでも、遠慮しているのか、以前よりべたべたしてくるのが少し減った、とさらっと言及。そして、練習しようとしたら歌えないと知って涙を流す。実はフラッシュバックが何度もあったし、透明な液体を飲めなくなったと医者に告白した、とさらっと言及。三日月ルートは後半になると語られなかった部分で読ませるスタイルに移っていくように見える。エピローグの雰囲気だ。


・郊外に引っ越し、家庭菜園や釣り。1年が過ぎる。この辺りはなんだかトルストイの小説みたいな淡々とした描写だ。そういえば釣りはキラ☆キラにもあったな。セルフオマージュってわけじゃないと思うけど。「時々指で眼帯の周りをかいている。暑い季節だと蒸れてしまうらしい。」こういう異化の即物的描写を挟み込むのもトルストイみたい。三日月は穏やかだが、音楽に触れないようにしている。「悔いはないですよ。」婚約。プロポーズするとなぜかけんか腰になってしまう二人が微笑ましい。


・誰のために歌を歌うのかという八木原との問答。今更ながら「たった一人の最愛の人のため」「おれは不真面目だから、したいことしかしないんだよ」という直球の答え。こういうのを八木原のような「通りすがりの人」が言う。「もしかしたら、私もそうすればよかったのかな……。」


・スタジェネのライブを体験することに対する不安。そこに「馨君、何も心配することなんかないんだよ」「すべてクソだ」。「そうですよね。きっとそうなんだ。僕はそれとは別の何かがあると思っていたけれど、結局それは見つからなかったんです」「……でも、だから何だっていうんだろうね? それが何であろうと、おれたちには音楽が必要なんだ。他の何よりも必要だったんだ。どうしておれはそれを信じられなかったんだろう?」 「馨君、顔を上げるんだ。」 このライブで涙を流したという対馬。いちおう花井を見たと自分で報告するけど、あまり語らない。花井の言葉に、「だからなんだっていうんですか!」と同じことを言う三日月。「音楽は音じゃないですよね。これです!」と花井と同じような「くさい」ことを言う。花井と同じことを言いながら、花井を論破するために路上で歌うと言い出す三日月。見知らぬ人を相手にした路上での三日月の歌は、ファンを前にしライブハウスで歌うスタジェネとは正反対の構図だ。犬のおまわりさん。迷子の迷子の子猫ちゃんを助けようと困って泣き出してしまう犬。自分の物語で勝手に泣く老婆。そしてまたバンドを結成する。結局、路上の歌で泣く人がいるかどうかなんてどうでもよくて、スタジェネのライブで対馬が「音楽は必要だ」という結論を出したように、三日月も何らかの答えを出したのだろう。ひょっとしたらスタジェネの歌自体がきっかけではなかった可能性さえある。その辺はあまり描写されていない。ライブが終わって一夜明けたら、三日月はいつのまにか歌えそうな感じになっていたのだ。


・「『でも、結婚したらそれって心の浮気になっちゃうじゃないですかー。不適切ですよねー』そしてケラケラ笑った。その後、さすがに彼女は泣いたけれど、今は大丈夫だ。」結局泣かしてるじゃないですか……。でも、このエピソードを復活ライブ開始直前にさらっと入れるのがうまい。このライブ前の控室の三日月の絵も、何かを考えているような笑顔の表情がとても良い。目を細めて笑うとケガの跡が目立つけど、それもいい笑顔になっている。花井の幽霊に音楽と引き合わせてくれたお礼を言おうと思っていたという。花井は三日月を世界に出したかったという対馬の考えと、三日月も同じことを考えていたのかもしれない。


・エンディングムービー冒頭のみんな、いい顔している。特に金田と三日月がいいな。ムービーを見ながらなら歌詞の冗長性もあまり感じられない。僕にはよくわからないが、音だけを聴く歌なのではなく、ライブという演奏者を見ながら聴くような歌のジャンルなのかもしれない。非常に今更だが。


・最後に三日月の歌声についても一言書いておこう。正直なところ、作品の評価や感想を「物語」として受け止めるここでは、楽曲そのものについては書かない方がいいような気もするが、歌声も代替不可能な作品の一部として与えられているので。好みの話しかできないが、僕はきらりの声よりは好きかもしれない。ときおりジュディマリYukiのような伸びを感じさせるところがあるのがいい。もちろん、テクストには負けていることが多いのだが(負けていないのは花井のぐらぐらくらいか)、そもそも「天才」だと書かれているのであまり気にしても仕方ない。一番気に入ったのはエンディングのMagic Hourかな。

 

いつまでもおしゃべりできればいいけれど、とりあえずこのあたりでいったん終わり。