物語シリーズの物語

あにもに「傷物達を抱きしめて──映画『傷物語』とアニメーションの政治性」
『もにラジ』第3回「『傷物語』と現代日本の傷痕」
 『傷物語』のアニメは他の物語シリーズのDVDと一緒に1年ちょっと前に買い集めていたけど、まずはテレビシリーズの方を観てからにしようと思っているうちに時間が過ぎていって、ついに面白いネタバレの批評文を読んでしまった。『傷物語』はそんなことになっちゃってたのか。テレビシリーズの方は今は『終物語』のはじめの方まで観ていて、だれてしまった印象でなかなか進まない。実際にはあのむらの多いキャラクターコメンタリーも合わせて全部2回ずつ観なくちゃいけないのと(今のところ一番好きなのは井上麻里奈さん演じる老倉育の回のコメンタリー)、大半は昔ニコニコ動画で観たものだし、さらに言えば原作を読んでいるし、原作の冗長な文体がいよいよ鼻について厳しくなってきているので、何重にも冗長な視聴体験になってしまってどうにも熱心に観ることができないのであって、アニメ作品自体の出来が悪いというわけではないような気もしているのだが……。
 ともあれ、傷物語だけではなくて原作も含めた物語シリーズ全体に及ぶような今回面白い視点を提示してもらったおかげで(コロナ禍と吸血鬼をテーマにした『死物語』も今ならもう少し違う風に読めるかもしれない)、視聴のモチベーションが少し上がったような気がする。いつになれば傷物語にたどり着けるかはまだ分からないが。
 物語シリーズのアニメの不思議な背景美術や演出については、昔は物珍しかったけど、いつしか驚くのが面倒くさくなってしまい、今ではシャフトの手癖のようなものだろうということにして、結局今日にいたるまできちんと考えてみることもしなくなっていた。でも、考えてみれば、モダニズム建築、昭和の敗戦と慰霊の歴史、東京五輪、郊外、都市伝説、東浩紀斎藤環伊藤剛らが語ったアニメの平面性といったヒントはこれまで僕も多少は触れてきていたのであって、なんで物語シリーズのアニメを観ながらそっちの方に頭が行かず、羽川翼のおっぱいとかのことしか考えなかったのか不思議なくらいだ。あの幾何学的な背景美術にはそういう歴史的な思考を阻止するような不気味なところがあるので、僕の思考は怖がって、非幾何学的な形状の羽川翼のおっぱいの方に逃げていってしまったのかもしれない。そしてそれは戦後日本の歴史と同じなのかもしれない(同じなわけはない)。
 美術史も建築史も素人の単なる思いつきだが、モダニズム建築と日本の右翼思想や建築の政治性を結びつけるならば、ソ連社会主義リアリズムを批評的に継承したソツアートやコンセプトゥアリズムのしぐさと物語シリーズに類似性を見出すこともできるような気がする。カバコフコーマル=メラミードの絵画、グロイスの『全体主義様式スターリン』、さらにさかのぼればロシア・アヴァンギャルドの浮遊する幾何学的オブジェや構成主義の鉄筋コンクリート信仰などは、近代日本が夢見た、そして今ではノスタルジーさえ感じるかもしれないような、歴史の重さからの解放と至高性を希求した歴史の残骸としてのモダニズム建築に通じるような気がする。カバコフたちの作品は社会主義リアリズムのローマ建築のような静謐さや荘厳さをシニカルでグロテスクに、でも時にはどこか優しく表現していて、うっすらとほこりをかぶった展示品の趣きがあるが、物語シリーズでは政治的で危ういモダニズムのシンボルが新品のように提示されていて、それはそれで確かに不気味だったことに気づかされた。よく言われているように、日本もロシアも後進国として歪な近代化をやろうとして痛い目に遭った歴史があるので、共通点が見つかるのは必然なのだろう。
 まったくの偶然だが、昨日はふと昔見たニコニコ動画などを見返していて、あらためて初音ミクの『Chaining Intention』の動画よかったよなあと(当時はあざとさや一部のカッコ悪さが鼻につく部分もあったが、今となってはそういう感情は風化している)、作曲者の他の曲などをいまさらながら漁っていた(初めてメルカリでCDを買ってしまった)。ニコニコで初音ミクムーブメントが盛り上がったのは2000年代後半から震災までくらいの間で、ネット文化の幸福な雰囲気の時代だったと記憶(あるいは錯覚)している。作曲者のTreow氏の他の曲で、ミクの声に歌詞をつけずにハミングとして楽器的に使っているようなものをあるのだが、ロシアのエロゲー『無限の夏』でもそういうBGMがあって、そもそもミクという攻略ヒロインまでいるのだが、そのエロゲーの背景美術が社会主義リアリズム的、あるいはソツアート的なノスタルジックなものだったことを思い出した。物語シリーズはもちろん、声優陣の好演が最大の見どころの一つではあるのだが、いつか、一話くらいは音声をすべて初音ミクでつくってみるとか、あるいは声優たちの声をミクの声みたいにサンプリングしてつくってみれば、初音ミクという思想とその時代性が、無機的に漂白された慰霊碑のような街並みを心象風景として生み出した物語シリーズの時代性と共鳴して、ちょっといい具合になるかも……。

 

 あと、都合により一時取り下げていたブログ記事を加筆して再公開:

daktil.hatenablog.com