伊藤計劃『ハーモニー』

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)


 最果てのイマの保健思想やミームを思わせるような終末感漂う話、というのは前評判から予想していたけど、アンチユートピアを描く筆がザミャーチンのように簡潔であるわけでもなし、東浩紀風な長い設定話にちょっと疲れた。ロシア・アヴァンギャルド(の立体未来派)にとってアンビバレントなテーマでありつづけた、古代の調和と未来の調和、世界の制御と事物/言語の反乱、多数の人格素の会議による人格の運営、といった懐かしいモチーフがたくさん。なんか他にもロシアがらみの小道具が出てきたのは偶然だろうけど。
 そんな中で、女の子二人の葛藤が軸になっていたのは甘美で切ないところがあってよかった。決定的なのは思想的なテーマではなく、やはりその上に立つ人間の心であるべきだ(女の子二人というのがずるいが)。女の子たちは閉塞し衰弱していく世界の中で、世界を憎みユートピアに憧れながらも自分の内側に溜め込んできたものを、互いに向かって理不尽にぶつけるべきなのだ。そしてそんな感傷も最後にはコーカサスの広がりの中で静かに冷やされていくなら、その後にすべては終わってしまってもそれでいい。
 やっぱりSFはこうでなくては(女の子を書かなくては)。