手の上の永遠

 我ながら小市民過ぎて情けないのだが、最近脈絡もなく腕時計が趣味になりつつある。といってもかけられるお金はろくにないので、ヤフオクを見て気に入った腕時計が安いうちに入札しておいて、いずれひっくり返されるまでの間は自分のものになる可能性があるという夢をみるという、ささやかすぎる趣味だ。万が一落札してしまった場合に備えて、入れるのは3500円くらいまでで、相場的にひっくり返されるのが明瞭な場合は5000円くらいまで入れてみる。これが僕の金銭感覚だ。そして僕という人間の価格相場なのかもしれない。
 もう3年くらい、会社にほとんど行かない生活をしており、腕時計は必要ないため、昔2000円くらいで買った腕時計は電池が切れて止まっており、面倒なので電池交換もしていない。革バンドがボロボロで、本体も防水仕様ではない真鍮製らしく、腐食して銅像みたいに青くなっているのをそれなりに気に入っていたのだが、もうつけることはないだろう。
 そして先日思い立ってヤフオクを眺め始め、ついに買ってしまったのが1971年製のセイコー・ジョイフルだ。未使用の自動巻きのデッドストック品というのがみそで、製造から50年間使用されなかったのが今動き出したということに小さな喜びがある。もともと手が小さくて腕も細いので(15.5~16cmくらい)レディースの腕時計を探していたのだが、自動巻きというのは1970年代に後発のクオーツに駆逐された技術で現在は女性には不人気らしく(分厚くなるので)、古いデッドストックもたまに安く落札されることがあるらしい。僕は送料込み3300円くらいで落札した。それからいろいろセイコーの歴史を調べたり、他の自動巻きメーカーの時計のデザインをあれこれ見たりしているうちにだんだんはまっていった。自動巻きは電池交換が不要なので、自分の手の上に「小さな永遠」があり、自動巻きというのは概念としてすでに美しいが、さらにデザインが美しいものであればそれはもはや「完成された美」とも呼べるものであることが気に入っている。時刻の正確さでは電波ソーラーやクオーツに劣るが、今の時代、正確な時刻はパソコンやスマホで簡単にわかるのだから、腕時計にそんなものは求めなくていい。外でつける機会が少ないから人の目を気にしないくていいのもよい。でも、そんな自動巻きでも10~15年くらいでオーバーホールをしないと消耗するということを後から知ってちょっと失望した。潤滑油が劣化したりするらしい。永遠にもメンテナンスは必要なのだ。1971年製のセイコーも本当は使用する前にオーバーホールすべきらしい。とりあえず使ってみて、ダメになったら考えることにしたい(本当はダメにならないためのオーバーホールなのだが)。ちなみに、ジョイフルは毎日30秒くらい早く進んでしまうが、これはオーバーホールとは関係のない標準スペックらしい。
 しばらくして今度はあまり買う気のなかったセイコー5の1998年製海外モデルを送料込み3200円くらいで落札してしまった。今度は男性向けで、ダイアルが薄いシャンパンゴールド色なのでおっさんくさく、ちょっと成金くさくすらある。でも落札してしまったのでこれも可愛がって、自分なりの美を見出していくしかないと決めれば、それなりに愛着を持てる。何しろ今の僕はまがうことなきおっさんなのだから、おっさんくさい腕時計は理論的に似合うはずなのだ。それにおっさんにもいろいろあるはずだと思いたい。腕時計は中古だけど重曹水に浸けたら大量の汚れが落ちてピカにピカになった。何しろレディースと違ってダイアルが大きく、デザインもシンプルで非常に見やすい。セイコー5というのは技術的には既に完成されてしまった自動巻きを大衆化したモデルらしく、車でいえばカローラだとか。面白味はないかもしれないが実用的だ。僕が買ったのは対して人気もないマイナーなモデルらしく、ようやく見つけた海外のレビューではデザインがロレックスのオイスターパーペチュアルを彷彿とさせると書かれていて、成金時計のパクリか、とちょっと白けたが、無駄のないデザイン自体に罪はなく、結構気に入ってきている。
 そんなわけで、今では両手に腕時計を巻いて意味もなく眺めたり、耳に近づけてチッチッチッチという小さな駆動音を聴いてみたり、蓄光して暗闇で光るのを子供に見せて驚かせたりしている(赤ちゃんなのでいちいち喜んでくれる)。そして今日も夜な夜なヤフオクを見たり、同じものがメルカリにあるかチェックしたりしている(メルカリはオークションではないのでスリルはないが、こっちの方が安い場合もある)。もう落札してもつける腕はないのだが、今はダイバー用が気になっていて、ダイバー用腕時計は大半が電池式なのだが、時折自動巻きの、しかも小径のものが出るので油断できない。ダイバー用腕時計は僕が高校生くらいの時に買った腕時計の思い出に引きずられている部分がある(それより前に初めて買ったのは近所の店で安売りされていたオリエントのごつい腕時計で、中学生の細い腕には全く似合わず失敗だった)。Oceanusって書いてあった気がするが、たぶん3000円くらいで買った安物で、青いダイヤルがきれいで見とれていたことを覚えている。周りの枠がダイバー用らしく動くのでよくぎちぎち動かしていたら、いつの間にか動かくなった。それ以降は腕時計に対する関心を失って、無難で安ければ何でもよくなって今に至っていた。というわけで3本目のダイバー用腕時計は僕にとってのリベンジになるはずなのだが、予算が3000~4000円だとちゃんとしたメーカーの自動巻きはなかなか見つからず、探索を長く、それこそ永遠に楽しめるのかもしれない。

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