しゅきしゅきだいしゅき!! (75)

 …タマーラのいない人生など物理的に不可能なものに思えた。しかし、ギムナジウムを卒業したら結婚しよう、と言うと、彼女は、私が大きな過ちを起こしているか、あるいは馬鹿げたことを言っている、と言い張るのだった。

 …水兵帽から垂れる褐色の巻き髪の、絹の螺旋……。いつだったか私たちは、しゃがんでヒトデを見ていたことがあったが、そのときに彼女の巻き髪の端が私の耳をくすぐった。すると彼女は不意に私の頬にキスをした。私は興奮のあまり、「このお猿さんめ……」とつぶやくことしか出来なかった。

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(画像はイメージ)


 どちらもナボコフの回想録『彼岸』からの引用で、以下のサイトのエッセイ「ナボコフには自分のロリータがいたか」より:http://gatchina3000.ru/literatura/nabokov_v_v/museum/nabokov_lolity.htm


 2つ目の引用は、ナボコフが7歳だか8歳くらいの頃の初恋の相手であるコレット(フランス人)、1つ目は16歳の頃の初めての恋人タマーラ(本名はワレンチナ・シュリギナ、当時16歳)。ナボコフはこのタマーラと結ばれて童貞を喪失したらしく、処女詩集は彼女にささげられている。ナボコフの家庭教師は二人の関係を知っても止めず、なぜか望遠鏡で監視しようとしてナボコフの親に注意されたとか。まもなく革命が起こり、ナボコフ(1899年生まれ)一家は亡命、タマーラとの関係も終わったが、回想録の中ではロシアへの郷愁と共に少し詳しく思い出されている。
 ナボコフ自身は別に幼児性愛者だったわけではなく、『ロリータ』はジャンクなアメリカ文明に屈する欧州的知性を嘲笑う悲喜劇だとか言われているが、この小説を大学1年生くらいの頃に読んだ僕(当時は未オタク)は、もちろん下世話な内容を期待していて、読んでも意味が分からず、何だか騙されたような気がした。


 Лолита, свет моей жизни, огонь моих чресел. Грех мой, душа моя. Ло-ли-та: кончик языка совершает путь в три шажка вниз по небу, чтобы на третьем толкнуться о зубы. Ло. Ли. Та.
http://vk.com/video43725582_166497042

洋次 「あ……そうだ! 君の名前、まだ聞いてないね」
興奮しているのを誤魔化そうとして視線を上げ、女の子の名前を聞いてみることにした。
たま  「……たま」
洋次 「たま? 猫みたいな可愛い名前だね」
たま  「んむっ!」
もちろん悪い意味で言ったわけではない。
でも女の子……タマちゃんは機嫌を損ねてしまったようだ。
タマラ 「タ、タマラ……」
<中略>
タマラ 「ぜんぶのお名前……。タマラ、ウラジーミルヴまにょぼこわぁ」
洋次 「まにょぼこわぁ?」
タマラ 「ま、まちがえた……」
僕の聞き間違いか、はたまた噛んでしまったのかは分からない。
けれどもタマちゃんはぷぃっと横を向いて、頬をふっくらさせてしまう。
突っ込んで聞くと、機嫌を損ねてしまうかな?
洋次 (……お世話に集中しよう)
濡れた所を拭いてあげて、パンツを履き替えさせる。

洋次 「そういえば、タマちゃんの本名ってなんて言うの?」
タマラ 「んぅ? たまら……うらじーみろぶな、にゃぼこあ」
洋次 「え? 何?」
あまりに聞きなれない単語が急に飛び出した。
僕は困惑して、素に戻ったような声で聞き返してしまう。
タマラ 「ん〜うぅ……。ちょっとまって……」
僕の頭に?マークが浮かんでいることに気づいたのだろう。
タマちゃんはすくっと立ち上がって、スケッチブックを持って戻ってくる。
タマラ 「た、ま、ら。う、ら、じー、み、ろ、う゛、な。な、ぼ、こ、わ」
<中略>
洋次 「えっとぉ……タマちゃんはどこで生まれたの?」
タマラ 「ふぇ? にほん……だよ?」


 今回、「しゅきしゅきだいしゅき!!」を手に取ったのも、やっぱり下世話な興味からだ。でも反対側からの。つまり、まっとうにロリっ娘にはぁはぁしたかったというよりは、タマラ・ウラジーミロヴナ・ナボコワというイカレた名前のヒロインが何なのか気になったからだ。メーカーには申し訳ない。ウラジーミロヴナということは、ナボコフの娘と言うこともできるが、母親がヴェーラ(ナボコフ夫人の名前)ではなくサーニャ(アレクサンドラの愛称)ということは、ナボコフが好きだったプーシキンが女体化でもしたのだろうか? サーニャさんの父称プラトーノヴナだけど何かのイデアからでも生まれたのだろうか? いずれにせよ、ロシアっ娘だしチェックしてみるか、ヒロインたちも3人合わせて18歳くらいのニンフェットカたちで、ぶっ飛んだゲームだろうから……
 下世話な期待は裏切られ、ロシア要素もナボコフ要素も特になかったが、ナボコフについては僕が知らないだけで(ロリータの内容すらほとんど覚えていない)、何かの仕掛けはあったのかもしれない。タマちゃんがロシアに行ったことのないロシア人という設定にも何かメタ的な意味を勘ぐりたくなる。とはいえ要するにベタなロリゲーであり、エッチシーンを数珠繋ぎした抜きゲーだった。その意味で自分の性癖にはヒットしなかった。
 しかし、とても丁寧に作られた作品で楽しめた。まず起動したときに「アイリス!」とブランド名を叫ぶタマちゃんの生々しい幼児ボイスでやられる。それにヒロインたちの立ち絵が特に素晴らしい。タマちゃんの可愛いとしか言いようのない造形の顔、葵ちゃんの人のよさそうな照れ顔、ちーちゃんの目をそらす仕草や腕のぷに感など、思わず目を奪われる。考えてみれば、ねこねこソフトの作品などでも子供の立ち絵にはなぜかいいものが多かったのだった。声優さんも好演だった。タマちゃんはまだ舌もろくに回らない年齢の幼児でリアリティもくそもないので評価不能として(『ロリータ』では確かロリータの英語が頭が悪そうな英語でハンバートがもだえていた気がするが、タマちゃんの日本語を聞いているとときおり大人の言葉が混じったりして人間性が崩壊気味になっていて不安を覚える)、葵ちゃんはおてんばなようで意外に柔らかい声音が心地よく、ちーちゃんは弱気なのに実は押しが強い性格が丁寧に演じられていて好感が持てた。BGMでは特に「おはようからおやすみまでくらしをみつめあいましょう」(キャラ選択肢のときのBGM)がよかった。
 テキストも丁寧だった。特に葵ちゃんとちーちゃんのシナリオ(ライターは綾那)は予想外に恋愛の話になっていて楽しめた。恋愛なのに相手は18歳以上の幼児であり、何かにつけコミカルになってしまい面白い。引き合いに出したら怒られるかもしれないが、みつはしちかこの少女マンガ「小さな恋のものがたり」を子供の頃に母の本棚で見つけて読み耽ったのを思い出した(調べたら、1962年連載開始で去年完結したらしい)。同棲し始めたばかりの瑞々しいカップルのやり取りはおままごとのようになってしまうものらしいが、この作品ではヒロインが子供なので二重の意味でおままごとになる契機をはらんでいる。でもとても暖かい雰囲気で、特に妊娠エンドはみんな幸せそうでよかった。主人公も瑞々しいロリコンで、幼女の体の神秘に嘆賞する。
 テキストはテンポがよく、気持ちよく読める。エッチシーンでは、これは確かアトリエかぐや作品もそうだったし別に珍しくはないだろうが、4クリックが1ブロックになっていて、ヒロインの音声セリフが1クリックあるとその喘ぎ声を聞きながら残りの3クリック(うち2クリックは地の分、1クリックは主人公のセリフ)を読み、読み終わる頃には次の喘ぎ声が来るのが基本になっていてテンポ感がある。さながら抒情詩が、脚韻で区切られた4行1連のセットを基本単位にしているようなものだ。
 他方で、タマちゃんシナリオ(ライターは神野詩織)は前述の通り日本語が不如意なので(ちなみに地の文も時々おかしく、「興奮が有頂天」といった言い回しが出てきたり、「婉曲的に言う」の代わりに「湾曲する」と言ったりしていて不安になる)、鉄棒の逆上がりを教えてあげたり、布団にもぐりこんできておねしょをされたりと、相手は18歳以上ながら恋愛というよりは異文化交流的な方向に傾きがちである。ハードなペドシナリオだが、タマちゃんの可愛さが支えだ。そんな彼女も好きな人を喜ばせたいと考えていたり、母親にやきもちを焼いたり(サーニャさんの謎のアプローチは惜しかったが主人公が揺るぎなさすぎた)、結婚について考えていたりするのを見ると、じわりとくるものがあるような気がする。
 エッチシーンの白眉は、葵ちゃんのお風呂のやつだった。あの幸せそうな顔を見ながら、僕もかなりいい顔をしていたと思う。
 予約特典の添い寝CDもゲームとは違った臨場感がありあなどれない。BGMと主人公のセリフがなく、幼女が耳元で1時間ずっと囁いたり、寝息を立てたりしていてすごい。
 妥協のない逸品だった。