くじら③(優佳、仁菜、春香、紗絵)

 優佳シナリオと仁菜シナリオ。結局は雰囲気ゲーとして、ヒロインと共有する時間の漣に心地よく身をあずけるのが正しい楽しみ方なのかもしれない。そう思わせるようにストーリーやテキストはのんびりとゆるく、「不条理」は浅く、声優さんの演技は心地よく、ヒロインは優しい。描かれる恋愛がわりと幼いから漣程度にしか揺さぶられないということもある。一緒についてきてエンドかまた会いに来るまで待っていてくれエンドが安易過ぎるということもある。くじらのイメージは今のところはそんなに膨らまされておらず、ただ空に浮かんでいるだけで、なんだかもったいない。仁菜シナリオでも、旧約のヨナとかで有名な、一度のみ込まれて生まれ変わるためのイニシエーションの空間で、その非日常的な状態が浮遊のモチーフと重ねられている、というまあ常識的な機能から外れていない。同じ空に落ちるモチーフでも樹海人魚なんかはすごかったんだが。あと胡桃は他ヒロインシナリオではでしゃばりでうるさい女の子になっているのが残念。まあいずれにしても、雰囲気ゲーとしてなら十分なくらい、海原エレナさんと榊原ゆいさんの声は心地よいし、音楽もいい。


 春香シナリオ。やっとまともな話に出会えた。「不条理アドベンチャー」の名前に恥じない分かりにくい話で楽しめた。役者というのは別の人格を演じる者という点で、なぜこの作品の主人公が役者であってしかも女形であるのか、その辺が生かされていた。主人公とヒロインが常に生と死の境界にいるような状態でストーリーが進み(そう言えば、主人公が暗い寝室で空気になろうとしていたシーンは何だったのだろうか、春香という幻影から冷めて素に戻って怯えていた、というのは安直な解釈か)、劇の中と外、シナリオの中と外が夢のように入れ替わりながら進んでいく辺り、青い鳥と少し似たような感じもしたけど、こちらは妹系萌えヒロインとしての春香のかわいさがあり(あの立ち絵の笑顔の仮面のようなかわいさはちょっとすごいかもしれない)、家族(劇団員)の死や、幻影かもしれない妹との近親相姦のモチーフも妖しい感じがしていた。


 紗絵シナリオ。いいなあ、こういう話。温かくやさしい思い出を入れ子細工にして陰影をつけるのは王道なのかもしれない。ねこねこソフトの作品では演出が正直すぎて一度きりの禁じ手だった感があり(朱ははまったけど、銀色はきつかった)、キラ☆キラではライターの文章力に頼った力技だったようにも見えるが、この作品では構成をきちんと煮詰めて、音楽や絵も含めた感覚的な部分のバランスまでとって心地よい作品世界ができていると思う。これは余韻にどっぷり浸りたくなる。
 青い鳥や水月Kanonみたいな夢幻系メタゲーに連なる作品で、夢のように揺らめく現実たちの中を架空の旅芸人のようにさまよいながら、緩いテキストと優しい絵と音楽に浸され、出口は見つけたくなかったような気もするけど、それでも物語は終わってしまう。それが受け入れられないならば、クジラやイルカの思い出にすがりながら、記憶を失いつづけ、覚めない夢の中にいなければならないのか。最終試験・・・現実を思い出させる憂鬱な言葉のように響く。プレイヤーを鬱の泥沼にほっぽりっぱなしにしないための、やさしい目覚めのようなエピローグだったのだろうけど、やばい、このタイトル画面の青い絵と音楽は心地よすぎる・・・。