天使の羽根を踏まないでっ (55)

 太陽の学園編では雰囲気ゲーとして見ずにすんでいた粗が、話を盛り上げようとした月の学園編では見えまくってしまった。盛り上げようとしてつくる「タメ」や、歌舞伎役者のように切る「ミエ」が、ことごとくわざとらしくて空回り。キャラ同士の掛け合いに驚くほど切れがなくて、緊張感が必要とされる場面でもまるでお年より向けの時代劇のような鈍重なスピード。いくら設定を面白くしても、もったいつけようとするテキストが全て台無しにしてしまう(ギャグセンスの相性の悪さに関してはいつ空で既に諦めた)。トロでいいのにいちいち毎回女帝トロッケンハイト・フォン・メルクーアとか呼んでいるのを聞くと萎えてしまう。
 極端だったのは空ちゃんで、個別ルートに入るまでは台詞が全て冗長極まる無駄な説明台詞で、正直邪魔なのでしゃべらないでほしかった。ところが個別ルールに入ったらやけに可愛くなって驚愕した。兄との葛藤とエッチシーンのギャップ、そしてそのシチュエーションと絵と声だけの力技で持っていかれた。エピローグも幸せな逃避っぽくて好みだった。
 あとは黒渦つみれ先輩が非常によかった。月の学園では一番まともで言葉が明晰で可愛かった。
 グランドルートの展開はなんとなく既視感のあるものだったけど、出エジプト記のモチーフが取り入れられていたのは面白かった。グノーシス主義とかそっちのほうでは割と普通なのだろうか。ただし先生の抱える問題が主人公の抱える問題と一致しておらず、というか主人公は基本的に問題は抱えておらず、深く共感もされないまま主人公に言い負かされてしまって茶番感が漂った。主人公と先生の声が上滑り気味なのも残念だった。
 やはり個人的には、朱門氏はバトル展開や燃え展開は書かず、幻想的な雰囲気の不思議でやわらかい物語を書いてもらったほうがいいと思う。文章と設定の調和という意味ではアネモイシリーズが一番うまくいっていると思う。とはいえ、しょっぱいバトル展開があっても、終わってみればキャラたちみんなが動いて、不思議な設定の世界に歯車として嵌まり込んでいて、その優しい世界を形づくっているのは彼女たちなのだという感慨を持ってしまうので、そうなると簡単に否定もできなくなる。物語の魔術、あるいは奇跡である。