大迷宮&大迷惑 (65)

 そこにはいつも本があった。
 自分が物心ついてから本の世界に引かれていったのには、ファンタジーの導き手があった。最初は母親に読んでもらったナルニア国物語とかエルマーの冒険とかだったかな。それから自分でもはてしない物語とか読んでみた。小学校2年生くらいの頃にドラクエ2が出て、ファミコンを持っている友人の家に見に行っていた。小学校3年生くらいの頃にドラクエ3が出て、まもなく自分もファミコンを買ってもらって、クリスマスプレゼントでサンタさんに3をもらった。ドラクエ3のプレイは、僕たち兄弟にとっては神聖な儀式となり、赤色の公式ガイドブックは枕頭の書だった。ドラクエ4の頃にはそれほどの熱はなくなっていて、主に弟がプレイしていたが、僕は2や3のゲームブックや小説を読んで、ゲームの外や隙間に広がる冒険の世界に驚いていた気がする。ファイファンも3ははまったけど、アダルトな感じにどこか距離を感じていた。
 中学生になって、何かの偶然で、町の本屋さんの片隅に置かれていたロードス島戦記を手に取った。自分がファミコンの中に求めていた世界が、こんなにもどんぴしゃで濃密に広がっていてびっくりした。深淵が広がっていた。初めてエロゲーに手を出したときと同じで、こんなにも欲望の解放されたものがあってよいのかと罪悪感すら感じた。ロードス島は後に文体に問題があることに気づいたけど、クリスタニアソードワールドシリーズも含めてけっこう読んだ。同時にフォーチュンクエストにもはまった。TRPGD&Dをはじめとする海外ファンタジーという更なる深淵があることも知ったが、中学・高校当時は富士見ファンタジア文庫のコーナーにこそこそといくのがやっとで、さすがにそこまで踏み込む勇気はなかった。雑誌を買ったり、罪深いファンタジー小説について人が話しているのを聞く機会などなかった。世の中にこうした小説を買う人が存在していることが信じられないまま、自分はエロ本を買うようにこっそり買い続けていた。こわもてのトールキンの小説ですらいかがわしかったし、ハリーポッター(未読)がブームになったのには戸惑いを覚えた。


 とまあそんなわけで、辿り着くべくして辿り着いた大迷宮、ジ・アビスだった。やり始める前は特に意識していなかったけど、さすがは希氏の作品ということで、作品名からしD&Dだし、最近のいわゆる異世界転生物などとは一線を画した、古典的なハイファンタジーTRPG(僕はレベルの低い冒険者なので想像でしか知らないけど)の楽しさを詰め込んだゲームになっていた。魔的詩人なんて聞いたことなかったけど、昔本屋に大量の翻訳ファンタジー小説があって、その広がりに溜息をついたことを思い出した。星継駅シリーズもそうだけど、こういう懐かしいファンタジーやSFって、多分歴史的にはそんなに古くないのだろうけど(せいぜい戦後か)、僕にとってはその源泉が分からなくて、とても不思議な存在に思える。
 しかし、そういう個人的な感慨を除くと、今の僕から見るとこの作品はいろいろと問題が多くて、手放しで喜べるようなものではなかった。何よりもまず、どうにも若々しさがなくて、くたびれた感じが拭いきれていないように感じた。以前にレイルソフトのデビュー作である霞外籠逗留記をやったときの感想にも書いたけど、あれをもっとひどくしたような感じだった。ファンタジーなのに何だか落語でも聞いているような台詞回しが多くて参った。
 その厳しさは音声で増幅されていたように思う。ハクメイ丸と黒塚の声はそれ自体としてはよいのだけど、やはりセリフが厳しくて、落語的なボケとツッコミやオチの流れが多くて参った。声そのものも厳しいニコライトは、正直なところ苦痛だった。あのだみ声で姉さん女房ヒロインをやられると破壊力がありすぎる。エッチシーンでは残念ながら音声をオフにした(キャラの顔のデザインはすっきりしているので、音声を切るとだいぶ違った印象になる)。救いはアーテだけだった。
 また、この作品で攻略対象になっているのはダンジョンであり、ヒロインではないのも参った。ヒロインは既に攻略済みであり、エッチシーンはちょっとくたびれた夫婦の営みを見せつけられているようで盛り上がりに欠けた。
 ビジュアル演出も厳しかった。冒険者の話なのでアクションシーンが多いのだが、戦闘にしてもドタバタにしても、数少ない絵を手で動かしているような貧弱な演出で盛り上がらず、文章に負けすぎていた。Fateシリーズというかなりがんばっている例もあるけど、基本的にエロゲーのビジュアルシステムはアクション向きではなく、恋愛物語向きなのだということを再確認。それをいったらTRGPなどはもっと絵がないのだが、あれは能動的にプレイするものだから違うんだろうなあ。
 あと、希氏以外の人が書いたと思われるパート、特に最後のシナリオのダイジェスト感がひどかった。せっかくの締めなのに残念な二次創作のようになってしまっていた。
 基本的に文句ばかりの感想になってしまったが、どのシナリオも終わり方は爽やかで、冒険者という実在しない(らしい)人々の生き方が眩しくみえる物語だった。僕がファンタジーを見つけてしまった頃とは世の中の成り立ちも僕自身の世界観も大きく変わってしまったようだけど、こういうファンタジーの世界はまだどこかに息づいているのだと思いたい。