甘夏アドゥレセンス (40)

 テキストが壊滅的なので楽しめる人はかなり限定されるけど、自分はかろうじて対象になったかな……。ナツというヒロインが、ロックが嫌いだといわれて「もうっ、ロックが嫌いってなんなのぉ!! それって同じ人間なのっ?!」と癇癪を起こしたり、ロシアで道行く人にボルシチピロシキとかいいながらハイテンションで話しかけようとするんだけど、そういう残念さに満ちた作品だった。ロシアのロックバンドの話は一切出てこなかったけど、そんな贅沢は言うまい。エロゲー作品にキリル文字が出てきただけで、我々はその恩寵に頭を垂れて感謝しなければならない。
 そのロシア語だが、ひょっとしたらロシア人の協力も仰いだのかもしれないけど、きちんとチェックしていないからиとнが混同されていたり、スパイが通信の最後に「高き志の為に。Пока」(Покаはフレンドリーな別れの挨拶)といってみたり、ロシアネタっぽい歪なコミュニケーションにうならされる。ソ連やその中での生活の現実に失望して自殺したマヤコフスキーと同じ名前の人が大統領で、プーチン政権に人間国宝扱いされて天寿を全うしたカラシニコフと同じ名前の首相にクーデターを企図されるというなにやら思わせぶりな設定は筋書き以上のものではなく、その筋書きもなにやらロシアというよりはウズベキスタントルクメニスタンのような独裁者の小国家を思わせる。そのウズベキスタンでは昨年亡くなったカリモフ大統領がボクシングを嗜む荒くれ者だったので、首相が顔に青あざをつけて執務していたという逸話があるが、そういうおとぎ話のようなステレオタイプだけで構成された解像度の低い現実は、へぇと思いはしても流し読み程度の距離感である。マトリョーシカのようなお土産物というか。没入していって恋愛物語を楽しむのはなかなか難しい。小倉結衣さんのロシア語を聴ける貴重な作品ではあるのだが。小倉さんに限らず、声優はみなさんしっかりしていて、絵もまあまあよいので、シナリオの機能が後退するエッチシーンだけは普通の作品並みに達していた。あと、掛け合いがなくストーリーが動かず、小倉さんの声だけを堪能できる特典ドラマCD「サーシャママのロシアよりバブみをこめて」もよかった(作品に45点をつけたが、そのうち15点分くらいはこのCDだ。サーシャが甘やかしてくれるという内容も悪くないが、特にサーシャが30秒くらいロシア語で歌うレールモントフ作詞の「コサックの子守唄」の1番である。多少思い入れのある詩なので驚いた)。同じロックでもキラ☆キラはライターの個性がロックのテーマとよく合っていて引き込まれたが、こちらはロックの反骨精神とは無縁(?)のすべてを許す「バブみ」。そのありえなさに見出せるのはロックというよりはエロゲーの業なのだろうか。ちなみに、ロック(рок)はロシア語で「運命」を意味する言葉だったりする。