こいとれ (65)

 『こいとれ』絶賛発売中!
 2ちゃんねるの2007年ベストエロゲー投票で6位になったのに、ソフマップで新品780円で投売りされていた。あんまり期待せずにやったらポロポロといいところがでてきた。以下、ヒロイン別感想を中心に。


(ネタバレ注意)


 小萌。いい意味でのダメなヒロインと、悪い意味でのダメな主人公。露悪的なヒロインと偽善的な主人公。天使のいない12月ではどちらも露悪/自虐的な感じだった。フィクションにおいては露悪的なキャラクターが本当に不快であることはほとんどない。エロゲーと違ってエンターテイメントという制約の薄い文学でさえも(先日読んだ佐藤友哉の『水没ピアノ』とか)、それが、フィクションという形式に仮託して読者に何かを訴えているという構造が先立つので、たとえ読後感が不快であっても存在自体が不快になったりはしない。小萌シナリオは結構生々しい話で、エッチをすることの期待と失望がきちんと描かれていて、必死な感じが懐かしかった。「汚い」小萌に寄りかかられる重みは心地よく、それだけにいっそう主人公の甲斐性のなさには目を覆いたくなり、ご都合主義的なエンディングにどこか不満が残る。本当にこんな主人公で小萌はいいのかな?・・・最後のCGが素晴らしかったので文句はないが。
 単なる僕の妄想なのかもしれないけど、体育会系のキャラがあるとき内向的なダメ人間に転落してしまう話には独特の生々しさが付きまとう。運動でごまかされていた何かが処理できなくなってもてあまされてしまうから。どうしていいのかもわからないまま、自分を制御できずに自慰的な後ろめたい世界へ足を踏み込んでいってしまうという思春期の到来。思うに、初めから文科系でインドア派で知識が先行していた人間には、この後ろめたさはこれほど恐ろしいものとはならなかったのではないか(←偏見かもな)。そんなわけで、小萌の痛々しさは生々しく、それが本来的には善悪とは無関係の避けられない事態なのだとしたら、エロゲーのオブラートは素晴らしい。
 左右視力の違う目というモチーフは、オッドアイ属性の流行とも関係あるのかもしれないけど、とりあえず『復活』のカチューシャを思い出した。あっちはガタ目ではなく斜視だが。本作では絵師さんの力不足か個性か、線が崩れているところがいろいろあって、視線が斜視気味に散っているので、小萌の設定が生かされていたような気がする(斜視の設定の伏線は置いといて)。斜視気味なのは小萌のCGだけではないのはご愛嬌だけど、視線がずれていると、それに対峙する人間は相手をつかむための遠近感を狂わされ、それを修正しようとして相手の目に吸い込まれる。ネフリュードフがカチューシャの目に吸い込まれたように、主人公とプレイヤーは小萌の視線に絡めとられる。カチューシャも小萌もそれを知っている。


 羽音。「ハート先輩」という微妙な呼び名ながら、本作を買ったのは彼女の絵が気に入ったから。ストーリーはちぐはぐで、いつなんで惚れたのかよく分からないまま分かれてくっついてしまうけど、絵は期待通り素晴らしいのが1シーンあったのでとりあえず良し。萌ゲーのくせに愛撫の尺が長いので楽しませてもらった。芳野さんが中途半端すぎて恥ずかしい。というかハート先輩こんな主人公が相手ではもったいない。シナリオがダメだから「恋愛偏差値」も低いですよでは言い訳にならない。


 海。ある意味一番の萌えキャラかも。声優さんがとてもうまく、絵もなんというか・・・頭が大きく、首が据わっていなくて、腕が細くてつっぱってて・・・素敵な幼女の香りが・・・。ストーリーはONEのみさおのよき伝統を受け継ぐ。主人公はダメだけど。


 蛍子。立ち絵がけっこうグッとくるのでサブキャラなのがもったいない。まあ、相手がダメ主人公ではなく渡会なのでよし。


 うたは。せっかくの幼馴染なのに、演出とかテキストとかいろいろ残念でヒロインが不憫だった。幼少時の回想シーンのCGもなぜか風呂場のばかりだし・・・。質はいいけど。海との三人の雰囲気ではこのヒロインがベストで、アイロンがけのシーンのなにやら厳かな雰囲気とかけっこう好きなだけに、ストーリーの詰めが甘いのはもったいなかった(ピアノとか生徒会とか、比較的どうでもいい)。勉強してばかりでどうやって遊んだらいいか分からない。デートっていわれても何をしていいか分からない。世話を焼きたがる従姉ヒロイン。・・・けっこううまい組み合わせのツボを突いてくるんだけどな。


 ゆう。ただキャラに合っているというだけではなくて、どこか印象的で、そのキャラのイメージを膨らませるような声というのにたまに出会えるけど、それがこのカナ先輩。声質でいうならドクロちゃんやゆうま系のロリハスキーボイスだけど、この桜坂かいさんの声は、R.U.R.U.Rのタンポポでもそうだったけど、ただ元気なだけではない、ちょっと疲れたようなひなびたような陰のある癒しボイスで、しかもロリという、なんというかうまい言葉が見つからないけど稀有な声。こんな声でしゃべるヒロインというだけで存在感があるけど、それが今作ではメイン級のヒロインに据えられているのが嬉しい。男性に媚びたところのない不思議な声は、こういう不思議な少女的な世界を持ったヒロインによく合う。ボクっ娘でも超許せる。その世界には男はいくら手を伸ばしても届くことがない。それだけに、カナ先輩にぴったりと寄りかかられたとき(どうやら本作はけっこう依存物の話らしい)に感じる軽い緊張感と衝撃もまたひとしお。
 まあ、話自体はわりと普通で、カナ先輩の魅力をきちんと見せる程度には中身があった(言うまでもないが、主人公はやはり釣り合っていない)。最後にグランドや廊下や屋上に別れを告げていくシーンでは、お約束ながらも感傷的な気分になった。この部長と一年間過ごせたんだな、彼女は三年間過ごしたんだな、なんて。はぁ。この先も彼女の世界を共有させてもらえるとしたら、それは何と幸せなことだろうかね。


 恋子。見事に一本取られた!ちくしょう!絶対つまんないと思っていたのに!
 個別ルートに入るまで恋子の印象は悪すぎた。謙虚さもユーモアもない仕切り屋で、萌えゲーじゃなかったら陵辱要員になっていたはずのヒロインだった。ところがどうしたことか。個別ルートに入るや否や、一枚絵の涼しげな目元とか、爽やかで凛とした声とか、やけにいいではないか。本作のテキストのレベルからいって、知性派ヒロインといっても未スの式子やカーニバルの泉は望めないと思っていたけど、シナリオを切り詰めて最後まで一気に読ませることで、鮮やかな印象を残すことに成功しているように思った。チェスと過去の話というわずかなモチーフでいい。本作全体のだらだらしたテンポをスパッと斬るようなルートを一つ最後に。


 以上、キャラ別の感想。
 最後はおまけ程度に、全体の感想。
 恋愛を部活動として、仲間と共に真面目に学ぶこと。これが明らかに歪なことであるのと同様に、恋愛を(恋愛用グッズではなく恋愛そのものを)商品として生産し、それをお金で買い求めることは、歪である。その点で、この「こいとれ」という情緒の欠片もないタイトルの作品は剥き出しの構造を持っており、作中で依存のモチーフが繰り返し用いられていることには何やら煮詰まった意味を見出したい気にさせられる(一枚絵の足のデッサンがことごとく狂っていて、ヒロインがみんな纏足娘みたいに見えたり、なんて)。これを萌えゲーのパッケージで作ったのはうまい。僕自身、キャラ別で書いたように、けっこう楽しませていただいた。かりにこの作品が業の深い読まれ方をする構造を持っていたとしても、ヒロインたちの魅力そのものがそれを昇華してくれるというのが救いだろうか。