ノラと皇女と野良猫ハート2 (75)

 前作の感想は何だかやや中途半端なままになってしまい、その後、マルセルさん、残響さん、こーしんりょーさんとの討議(残念ながら中断)でも個人的に準備が不十分だったのだが、続編である本作は期待したとおりの佳品だった(特に言葉と詩的イメージが元気なアイリスルート)。2017年にクリアしたのはわずか3作(+ロシア製1作)。2018年は積みゲーを崩すだけで、1本も買うことすらなく終わる可能性もあるが、噛み締めてプレイしていきたい。とりあえずは聴き飽きなそうなOP曲とピアノアレンジ曲集にも感謝。


アイリス
 本が好き、勉強が好き、絵本を声に出して読み聞かせたときに立ち上がってくる場が好きなエクリチュールのパトリシア。彼女が目指すものと同じものに、別の入り口から近づいていくのがパロールのアイリスというとりあえずの対置。


−−ねぇってば、ねぇおぼえてる? おぼ? ねぇおぼ?


 音声としての記憶は、固定するための媒体を持たず(再生装置はエクリチュールのような多様性を持たないまがい物として、過去の亡霊として示される)、雪に吸い込まれて消える。消えるたびに新しくやり直し、「よろしくお願いしまーーーーす!」 声と印象とぬくもりが全ての生き方であり、CV花園めいさん(アニメの方で多少なじみあり)の元気な声がよく合っていた。雪とぬくもりの特別な関係については前にも「雪影」の感想とかで書いたけど、この笑顔と声と格好のアイリスではコントラストが一層強まって印象に残る。金髪娘的な露出スタイルが好みに合わず何とかしてくれと思う一方で、肌寒さと元気さの奇妙なバランスが取れている。それは単に気温的なものだけではなくて、時としてアイリスの心が感じる寒さを視覚的に表してしまっているように思える。記録ではなく記憶という不安定なものに存在を規定されていることは、生きた感覚的なものを優先する存在だという一面もあって、生き生きとした幽霊という両義性を見せてくれる。即物性と抽象性を行ったり来たりする。正確には、アイリスの性格からして生き生きの方が中心で、幽霊はその周りを漂う気配のようなものに過ぎないけれど。


−−もし涙がヒトの鳴き声なら……それは目に見える音なのだから……/あなたはそれが瞳からこぼれても、決して大地にこぼれないよう、すくってよ


 文字(形)を持たなかったために歴史を残さなかった文明というのがあって、それは存在しない歴史のロマンをかきたてる。歴史が語り継がれたものを意味する言葉であるなら、語り継ごうという欲望をかきたてるものは歴史未満のもの、弱者のものであると同時に、歴史化されたものから切り捨てられた欲望であり、何か本質的なものを含んでいるように思える。毎年訪れる雪にかき消される痕跡。消えるぬくもり。冥界のあり方としてはアンクライ家の方が本質的であり、エンド家はアンクライ家に対して派生的/反省的に存在するもののように思える。その関係はそのままパトリシアとアイリスの力関係に反映されているようでいて(「バカはきらい!」)、その点からするとむしろ恋愛物語のヒロインとしてはどうしようもなくアイリスが魅力的に見えてしまう。隙のなくきまった立ち絵のポーズはあまりに隙だらけで、弱くて、惹きつけられる。


−−アンクライの涙は、忘却のしるし。あなたの涙は呪いすらも忘却させる


 雪の白さと青さ、アイリスの金色の髪と白い肌と青い目は、エロゲーでこそ美しく表現できるように思えた。


ノエル
・エッチシーンの絵がよい(表情とか姿勢とか)。
・元々声がかわいい系らしいので崩れたときがきれい。
・見せ場に恵まれていないな。
・ノエルのエピソードも含め、ヒロインによっては箸休め程度のボリュームしかないことは残念がっても仕方ない。前作メインヒロインについては、それだけ前作の完成度が高かったのだと思いたい。


ノブチナ
 母親の不在あるいは欠損のモチーフが繰り返し登場する本シリーズにおいて、父親という本来エロゲーではタブーの存在が描かれたわけだけど(同じく父親が服役していたクラナドでも父は欠損した父親だった…)、その父親は半分母親としての父親であることが判明し、ノブチナに「親の指図に苛立つことはあるだろう。しかし、親の気持ちは察して行動すべきだ。子は親の信用というものを察して、行動すべきなんだ」とぶつけて巻き取ろうとする。黒木ルートのデフォルメされた親子関係よりも踏み込んだ親子関係の再演だ。信春がダメ人間として描かれていることはストレスを与えないための表面的な見せ方の問題であり、やっぱり本シリーズはこのテーマの変奏なのだった。ノブチナの場合は、「あ゛ーーーーーーー!! あ゛ーーーーーーー!」と暗い夜空に向かって叫び、夜空は空虚であり、だからこそ自由に呼吸できる空間があることを確認するような強い女の子であることを自らに背負わせていることが示される。
 息の詰まる(気を抜けない)空間である家の問題と対置される、夢のひと時としての文化祭の演劇。ネルリでも印象的だった構図だ。もともとノブチカたちとの日常はそういう時間だったのだろうけど。
 こちらを振り返るようにして話すノブチナの立ち絵が印象的。大事なことを話す時の絵だ。おちゃらけキャラであることをやめて素の表情を隠していないが、そのときも身体はどこか別の方向、外の世界に向き合っている。向き合っていることをプレイヤーに示している構図。色の強い赤髪であることがとても正しく思われる構図だ。ノブチナとアイリスは、立ち絵とセリフが補完しあっているように思えた瞬間が多かった。
 叱ってくれる親との邂逅というモチーフは、それだけ見ると陳腐かもしれない。まあでも、近年真面目に叱られ、心配され、助けられ、それでいてろくに孝行らしいことも面倒でしていない自分としては、ちょっと引き込まれてしまうのであった。本シリーズでノラはうっとおしいくらいに繰り返し母親への負債を語るわけだけど、それは一定の年齢に達したプレイヤーにとっては何がしかの問いかけにならざるを得ない原罪のようなものであって、もはや作品の巧拙とは関係ないとさえ言えるのかもしれない。お気楽な恋愛コメディ作品の根本にそれを据えたことの是非は、プレイヤーが個人の問題として処理するしかない。あと個人的に、他の家のことを他の文化として尊重する姿勢(漫才部の取材に対して井田とか田中ちゃんが不快感を示すとことか)に面倒だなと思った。ノブチナは面倒だと跳ね返せるけど、そんなに強くあることができない局面もあることを思い出して(自分が身につけた思考や文化がまったく通じない人々と親戚付き合いをしなければならなくなったとき、どちらをどう否定して顔を潰さず妥協させるかみたいな面倒な話)、ノブチナはいいなと思うのだった。
 まあ、それにしても。「付き合ってみるか。私たち」。えっ、これからノブチナと恋人になるの?という展開ではあった。こういう論理的必然性のない恋愛展開は、なんらおかしくはない。むしろ、感情の論理ではなく、人生のバイオリズムのような論理としてはしごく自然な展開といえるのかもしれない。「私が気持ちを伝えたのはな。お前が逃げなかったからだ。お前は一度も、私か逃げたことがない」。これで納得させられてしまうような真剣な女の子なんだな。というか、いまさらながらノブチカは女の子であるという文脈が持ち込まれてしまうんだな。持ち込まれたら仕方ない。ノブチカを見ていてもエロい気分になることはないけど、彼女の生き様は近くで見届けなくちゃいけないから……。だから、ノブチカが急にしおらしくなったりせず、肩車されて上機嫌になるような友達感覚の付き合いが続くことにほっとするのだった。「あなたはきっと、勇気の生まれ変わり。勇気は皆の足元を照らすし、あなたは前を見て進まなきゃ。そうでなくては、私はなぜあなたにノラを渡したのか分からなくなってしまう。不思議ね。私、あなたとそこまで遊んだことないのに。ずっと一緒だった気がする」。アイリスルートと並び、本作でもっとも熱量の高いシナリオで恋愛以上のことが物語られており、その意味で前作を正しく継承している。おっぱいは強調された飾りだからな。飾りがないとノブチナだからな。
 トラックのみにゲームは古いノートPCでやったこともあり、1時間くらいかかった。


ルーシア
 物語としては割と薄くて、悪役も薄くて茶番だったりするけど、彼女の抱える問題や母親との問題が、何度も不器用に繰り返されることでそれなりの実感を持たせていた。「光などとは名ばかりで、立てる舞台もなく、堕ちた伝説しか与えられず、そうやって誰も彼もが!!あの子ばかりを選ぶんだ!!」「知らねぇよ!!そんなものよりも、俺と地上で!」 この「知らねぇよ」をはったりではなく、正面から言えるノラがうらやましい。「きっとあなたが来なくなったら、話しかけることをやめたら、わかっちゃうと思うんです。来てくれてたときのほうがよかったって。そういうものだと思うんです。そしてそれは、わからせちゃいけないと思うんです。あなたが生きている間は」。この手の刺してくるセリフは本作では家族関連のやりとりで多くて、イチャイチャするための恋愛物語にとっては必須ではないのかもしれないけど、ヒロインへの感情移入にとっては重要な役割を担っている。
 しかし、やはり姉さんのあのサクラメントの衣装にすべて持っていかれた。ウエディングドレスのスカート部分を履き忘れた花嫁みたいな露出度の高い衣装だけど、決して痴女ではなく、姉さんの本質はあの乙女チックな花をあしらったヴェールの方であることは明白。そもそものヘアバンドからして女の子らしい。下がパンツ丸出しになっているのは、少し喜びが大きすぎて開放的な気持ちになってしまったからにすぎない。多分姉さんはパンツ丸出しであることに気づいてもいない。そういう素敵な女の子なのだ。




−−ねぇ、これからたくさんお話しましょう!未来のこととか、今までのこととか、語り継ぐくらいたくさん、だってあなたは私を忘れないもの!


 印象的なシーンの一つに、共通ルートの最後のほうで、アイリスとパトリシアがお互いに一つだけ質問したはずが、なぜか海と空の色彩と、波の音の採譜と絵本の読み聞かせをめぐる問答になる流れがある。それはいずれも、「いのち」への驚きと「いのち」を見てみたいという願いのことなのだけど、そういう眩しさがつまった作品だ。