Musicus! (90)

 とてもいい作品だったので整った感想はかけなそうだ。余韻の多くは一晩寝て日常が始まってしまうと失われるので、勢いで書き殴れることだけでも残しておかなきゃ。

・作品の音楽面では特に突出したものは感じなかったがそれは何の問題もない。

・田崎さんルートがなくて残念。ひょっとしたら一番好きな関西弁ヒロインになったかもしれなかった。惚れるしかない外見、性格、声及び発声方法だった。どさくさにまぎれて爆死した金田に共感してしまいかねない素晴らしさだった。

・声といえば、三日月の声も素晴らしかった。あそこまで頭がずれた女の子のしゃべりを作り上げられるとはライターも想定していなかったのではないか。ただセリフに感情を乗せて読み上げて、意味を伝えているだけではなく、一つの話芸として単純に聞いていて楽しかった。それをいうと金田もだけど。というか声優さんは熱演や渋い演技が多くて耳が嬉しい作品だった。

クラウドファンディングには参加しなかったのだが(18禁シーンが入るかよくわからなかったし、なんかいらないおまけにお金を払いたくない気がしたので)、それでも製作者日記と小説はちょっと気になる。まー、作品内の考え方によれば、クラウドファンディングというストーリーで作品を限定的に読まずに済むので(ブランドやロックンロールの美学にも深い思い入れはないし)、より純粋な形で楽しめるということにしておきたい。

・エッチシーンは絵が多くてありがたかったのだが(クラウドで資金が集まりすぎて枚数を追加したりしたのだろうか)、それまでの語りが平均的なエロゲーと違いすぎるのでいきなりエロゲーのお約束が露出したみたいで違和感があった(田中ロミオだったら少しひねっただろう)。でも、考えてみれば、エロは歪なピースとしてごつごつとむき出しになっていてもそれはそれで正しい在り方なのかもしれない。

・瀬戸口作品の技術的な面についての感想、どこがドストエフスキーっぽいとか、どこがトルストイっぽいとかは過去作品の感想で書いた通りで、本作ではさらに質・量ともに充実していたかもしれないけど、面倒なので省略。そういや本作ではペレーヴィンへの言及があったけど、現実を虚構に解体してしまうようなペレーヴィン作品のうすら寒さが澄ルートに似つかわしいのかもしれない。

・本当は三日月ルートや弥子ルートについてじっくり語らなければいけないのだろうけど、澄ルートで傷を負ってしまったので今は書けない。澄ルートは、一歩引いてみると、ありがちなお涙頂戴、ご都合主義的悲劇、典型的なバットエンドなのかもしれないし、EDムービーもベタといえばベタなのだが、ぐさっとやられてしまった(野暮なことを言えば『電気サーカス』にもこういう暗さがあった気がする)。僕はクリエイターを志して失敗したわけでも、純真な女の子のヒモをやったことがあるわけでもない、ありふれたオタクだけど、それでも物語に感情移入してショックを受けてしまった。あれで終わらすのはひどい。幸せになる可能性が閉ざされてしまったのはおかしい。澄が小さな幸せを手にした瞬間って、何度も対馬に弁当を作ってきてあげて話をできたときと、対馬の家に上げてもらって音楽を聴いて感激したときと、それから結ばれて対馬ととりとめのないおしゃべりをしたときと、対馬が作る曲を聴かせてもらっていたときと、子猫を拾って飼うことにしたときと、その子猫とじゃれていたときと、イタリア料理店で二人で夕食を食べたときくらいだろうか。少なくとも描かれている範囲では。嬉しそうなCGは弁当を食べてもらっている場面と、子猫と部屋でじゃれている場面だけだ。ささやかすぎるんじゃないかな。他のルートとの対称効果を狙ったとかあるのかもしれないけど、それにしても少なすぎる。エピソードを増やしたからって何が報われるわけでもないし、別に誰かに対して抗議したいわけじゃないけど、どうにかならないものか。澄が対馬の曲を理解できなくてもありがたがって何度も何度も聴いていたというのは、二人の幸せを示す滑稽で温かいエピソードでなくちゃならない(ついでにいうと、喜んで聴いてくれるというのはすごく羨ましい)。でも、同じことがふとしたことで反転して、いつまでも宙づりの悲しいエピソードになりうるとしたら、それはどうしようもない暴力であり、僕たちはいつその暴力がやってきて足元を崩されるのかという不安を抱えて生きていかなければならない、あるいはすでに何かを失って泣きながら笑顔で生きていかなければならないことになる。確かに、自分の大切な人が何かのすきに取り返しのつかない形で壊され、失われてしまうという不安はいつもどこかにあって、この世界には急に恐ろしい穴が開いたりするのだが、それを僕はフィクションの世界でも味わわねばならないのか。そんなフィクションのおかげで僕はまだ失われていないその人にいろんなことをしてあげられると思い出させてくれるのはありがたいけど、それは澄の物語から目をそらしているだけのようにも思えてしまう。まあ、澄ルートはそれ単独で受け止めるには重くて、他のルートとの対比やセットで認識すればまだ少しは気がまぎれるのかもしれないけど、そのせいでますます澄という存在はさらにやりきれなくなる。作品としては澄の物語は完結しているのだけれど、存在としての澄はちっとも完結しておらず、残酷な宙づり状態のままになっている。そういう甘美な物語に囚われるなという花井の言い分も、物語を排して音だけの世界にのめり込んだあの暗い対馬を見せられると説得力がない。だからって僕の感情もいつまでも宙づりにしておくのは不可能なのだけど。たかが感情だけど、でも大事なことなんだ(おっさんになったからかもしれない)。

・まだ書いておかなきゃいけないことがたくさんあるのだろうけどプレイで消耗して疲れている。本当にクソみたいなことしか書けない。

スクリーンショットもとらずに寝食を忘れて没頭できる作品だった。人との死別とか、人生における何かの探求とか、自分の人生を自分がどう受け入れるかとか、人と一緒に何かを背負うこととか、中年の自分にとっても大事なことに何度も繰り返し直面させる作品だ。これが僕の恥ずかしい勘違いだったとわかればエロゲーともすっぱり別れられるかもしれない。でも、たとえエロゲーの形ではなくても、こういうものはこの先も読んでいきたい。