中沢新一『対称性人類学』

対称性人類学 カイエ・ソバージュ 5 (講談社選書メチエ)

対称性人類学 カイエ・ソバージュ 5 (講談社選書メチエ)

 就活がうまくいってないこととこの本を読むことは関係ない。はず。
 『チベットモーツァルト』から20年、また同じことを言っている。今度はもっと整理された平易な言葉で。いつものように、少しずつ角度を変えながら同じことを何度も繰り返して述べ、多少の脆さや胡散臭さを感じさせながらも、まっすぐなメッセージがまっすぐ届く。カイエ・ソバージュ・シリーズは第2巻『熊から王へ』しか読んでなかったけど(第1巻は立ち読みしたような気がする)、この最終巻である第5巻では、これまでの内容も振り返られていてありがたい。雑感を箇条書き。

  • 贈与の概念はエロゲーでさらに馴染み深いものになった。良作のエロゲーほどエモーショナルな贈与が(仮想的に)行われる。成分分析したら、エロゲーは30%のエッチと30%の「流動性」と40%の贈与からできているんじゃないだろうか。最近見た強烈な贈与は、イリヤの空の終盤の浅羽の告白。純粋贈与っていうのは物質性が希薄なぎりぎりのものらしいけど、そんなものが伊里野には一番うれしかった。
  • 迷宮と迷路の違いの話。迷宮は、①通路が交差しない、②どちらの道に行くかという選択肢がない、③常に振り子状に方向転換する、④迷宮の内部空間を余すところなく通路が通っており、迷宮を歩くものは内部空間全体を余すところなく歩かなくてはならない、⑤迷宮を歩くものは中心のそばを繰り返し通る、⑥中心から外部へ出る際、中心への通路を再び通っていくほかはない、ということらしい。エロゲーでいうと、迷宮構造のものは、コマンド総当りのYU-NO(やったことないけど)や擬似ループ型一本道の腐り姫みたいなヤツになるだろうか。単純な分岐マルチシナリオの星空☆ぷらねっとみたいなのは迷路型になり、マルチシナリオでも各シナリオのテーマの同質性が強いものや各シナリオが横糸で串刺しにされているONEみたいなのは、迷宮型といえるかもしれない。迷宮はイニシエーションのためのものであり、その中心(最深部)にはミノタウロスのような「高次元なハイブリット的現実」が待っている。他方、迷宮とは対照的な構造を持つ天使(6枚の翼に囲まれた顔というイコン型の天使)の場合は、周辺である翼が「高次元の流動性」を表し、中心(=顔)は「三次元世界への通路」となっている。これは、凝った設定や謎めいたエピソードに始まってクライマックスの「ボス戦」で終わる、燃えゲーの構造みたいな感じがする。
  • 前に書いた陵辱について。やはりもっと前向きなアプローチは不可能だろうか。チベット修行時代のエピソードで、ヤギが目の前で捌かれるのを見ながら、そのヤギが自分の母親だと思ったとき、「自分の心にわきあがってくる感情を、ようく見つめる」というのがあったそうな。「ヤギと私が確かな連続体としてつながりあい、ヤギと私の間に同質性を持った何かが流れている。そのことを理解した瞬間に、心の中に愛ともなんともつかぬ激しい情動が湧き上がってきたのを、よく憶えています」。ラマは「その感情が、いつか慈悲の大木に育つ」と説いたらしい。これは、陵辱対象をモノとして扱う先のエントリーとは正反対。あるいは一周してつながっているのかな?
  • 華厳経』や無限集合や法界。この辺はフレーブニコフを思わせる。確か中沢新一は『東方的』あたりで『甦るフレーブニコフ』の書評を書いてたような気がするし。『華厳経』や『野生の思考』にそのまま載せられそうな詩や短編小説をたくさん書いていたフレーブニコフは、僕の知る限り一番仏教に近いロシア人作家かもしれない。
  • 幸福、happiness、bonheur。ちなみにロシア語のсчастьеは、「よい」を意味するサンスクリット語のsuと「部分」を意味するロシア語のчастьから成り立つらしい(частьはリトアニア語やギリシャ語の「噛む」や「槍のギザギザ」に遡る)。語族的にはインド・ヨーロッパに起源を持ち、意味的には、時間性を含むヨーロッパ型というよりは空間性を含むアジア型に近いのかもしれない。そして音声的には、「シャースチエ」は日本の「サチ(幸)」に近い。
  • 恋愛や恋人とのセックスの幸福感について。エロゲーマーの鬼門です。エロゲーは世に溢れるポルノグラフィの一部だけど、それを逸脱する部分もあるし。
  • 無限小や超実数の話は、噛み砕いて説明してあるのにも関わらずちょっと引っかかってしまった。
  • 「<・・・>それを引き出してくるのが、対称性人類学のつとめです。私たちは後ろ向きの、過去にノスタルジックな視線を送るような学問を目指しているのではありません」。元気づけられる。
  • 奥付を見たら2005年2月の第8刷だった。こういう本が売れてるのは喜ばしい。