夜明け前より瑠璃色な (60)

 ぬるい萌えゲーばかりが目につく昨今の状況の悪の権化のようなものと密かに目の敵にしていていたこの作品だったが、なんだかんだいってちょっと気になっていたのも事実で、先日安く売っていたのを見て軽い気持ちで買ってきてやってみて、案の定楽しんでプレイしてしまった。やってみるまで気づかなかったが、「瑠璃色」はそう言えば相当に(ロシア)文学的負荷の強い言葉だった。世紀末の銀の時代の最も象徴的な詩集『Золото в лазури』を、戦前のある研究者が確か『瑠璃と黄金』と訳していて、その典雅な宝石箱のような響きに憧れていたところを実際に読んでみたら、深くて高い空(瑠璃)とやわらかい光(黄金)への憧憬を若さに任せた異様なテンションで歌い上げている詩があって、作者ベールイ自身の強烈な個性と共に、「瑠璃色」という言葉に込められた超越的なものへの憧れのようなものも個人的に刷り込まれてしまったことを懐かしく思い出したりして。一部のルートを除いて、ゲームの中では非日常的なモチーフは出てこず、あくまで主人公とヒロインの感情の問題レベルで問題が発生して解決される流れなのでまさに小ぶりなぬるい萌えゲー感が出てくるのだが、それが瑠璃色というイメージカラーに包まれることによって不思議な爽やかさと浮遊感を得ていてとても読後感がよい。空の色それ自体はもちろん何の意味ももたないけど、それが人間的なあれこれを包み込み昇華するためのエーテルとしての機能を得る場合には、空の色ほど懐が深くて心地よい色はないように思われる。単にイメージだけの問題ではなくて物語の舞台設定にも絡んだものであることは最後のルートになると分かってきて、月と地球を結ぶ空の色、月から見た地球の色という感じで、舞台となる町の特殊性とそこで起こった出来事を色づける象徴的な色に思えてくる。
 テキストが平板なので猛烈にクリック連打しまくったとはいえ、最後まで割と飽きずに進めることができたのはこの心地よさのおかげ。攻略順はだいたいおっぱい順でいったので、麻衣とかリースとかになるとさすがに飽きてくるとは思っていたけど、リースルートは意外なほどよかった。リースと共に時の旅人になるみたいな超展開が欲しくなるような物足りない切なさがよかった。ロリヒロインなのにエッチもよかった。続いてすぐにあのリースを否定するような最終ルートが始まってしまうのは残酷というしかない。最後のフィーナルートに至って月のイメージがひっくり返されたように思えたのはよかった。月のお姫様というゴージャスなイメージがずっとあったけど、実際の月は閉鎖的な国家で、資源は貧しく、古臭い王制で、しかも衣装まで前近代的。遠い昔にいろいろと難しい地球から離れて、理想の国を作るために何もない荒野に一から建てていった、寂しい国だ。そんな貧しさを補うためにも、きっと理想を大切にする純粋な人が多いような気風の国なのだろう。そしてそんな国民の柱になるべきフィーナが清廉潔白を目指す真面目な王女なのも自然なことだ。月から見える地球はとても青くて豊かそうでフィーナの思いも膨らんだことだろう。ちょっと乱暴なたとえだが、構図としては、これは北朝鮮から見た外の世界のようなものだろう。そんなフィーナを哀れみの目で見るのはまた一種のオリエンタリズムのようなものかもしれないが、それでも、彼女の隣に立って彼女と同じ目でこの瑠璃色に包まれた世界を見ながら生きていけたら、それはとても幸せなことなのだろうと思う。