滝本竜彦『ムーの少年』

 滝本竜彦ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂから、ひょっとしたらそれより以前のエヴァSS書きの頃から、ひたすら同じタイプの話ばかりを書いていて、それは滝本神話のアーキタイプと言ってもいいようなものなのだろうけど、このアーキタイプを僕も大好きなのだからいくら読んでも一向に飽きることはない。そしてそれはさほどの豊饒性を備えた神話であり、この先もその魅力が色あせることは決してない。
 何でいまさら中学生を主人公にした小説なのか。引きこもりの、その先じゃないのか。とか問いかけてみても多分ろくな答えをつくることもできないだろうけど、ひとつにはそれが遠いからということがあるんじゃなかろうか。もう失ってしまい、遠く離れた日々のこと、生まれたと思ったら儚く消えてしまったものというのは、僕らの夢想世界の中ではこの上なく美しく、薄暗い思い出の彼方に永遠に去ってしまったものとして、やりきれない寂しさと愛おしさを掻き立てる。それが想像力の源泉になることもあるだろう。
 滝本竜彦は実体のないような、想像の中の少女を描く名手であり、彼女たちは実体がないがゆえに、遠い記憶の彼方から僕らの目の前に、耳元に鮮やかに甦り、遠近感を狂わせる。彼女たちの持つほの暗さは夢の中のほの暗さと温かさであり、いつまでも一緒にいたいような心地よさと底なしの(実体のない)色気を湛えている。彼女たちと戯れているうちに気がついたら光陰矢のごとしで年をとって人生が終わっていたということも十分ありえるような気がする。そんな女の子が僕の実生活にはいないことが残念でならないけど、いないからこそ、あるいは手の届かないほど遠くにいるからこそこれほど魅力的なのかもしれない。どうしようもないのかな。