夏空のペルセウス (65)

 普段はあまり書かないようにしているが、まずは小言を少し。ワンアイデアの短編集程度のスケールなので時間の経過の中でヒロインとの物語を積み重ねることができなかった、というのはないものねだりになるか。技術的な部分では、目パチ口パクは絵の統一性を損ねて不自然なのでいらなかった、あるいは、やるならもっと洗練させる必要があると思った。あとは特にメタゲーでもないのにエンディングロールの最後にThanks for all playersと出すのはヒロインとの恋愛物語を楽しんできた自分が「多数のプレイヤーのひとり」という枠にくくられてしまうようで無粋に感じた。それから、透香とのエッチシーンで礼拝の序奏曲みたいな厳粛できれいな曲が流れるのはわざとらしかった。

透香:傷つけ合ってもたれあってそれから好きだという気持ちが残る。ただし台詞は説明し過ぎで、あやめシナリオのような控えめなところがなかった。ストーリーもご都合主義、視覚的な演出や台詞回しもベタ過ぎで、オペラでも見ているならまだしも、特に後半は読み物としてきついところがあった。順番的に最後に持ってくるシナリオなのでもう少し洗練されたものがほしかった。しゃべりすぎの自家中毒というテーマとある意味で合っているのかもしれない(強引な解釈)。ペルセウスを引き合いに出すにしても、単に勇気云々というよりは鏡で化け物を退治するという部分が二人にとってミソだったはずだけどそこはわざと伏せたのだと思いたい。キャスティングはよかったと思う。通常の会話では声が合っていたし、エッチシーンでは喘ぎ声が未熟で文章の尺にイントネーションの幅がついていけていなかったけど、一生懸命な感じは伝わっていた(禁じ手的な解釈)。

あやめ:「おっぱいは関係ないですよ」とあやめは言うが、そういう自分のほうが関係ないことに脱線して文脈を逸脱しがちなのである。思いついたことをそのまま口にしてしまう。自分が気になる、話たいことの話ばかりしてしまうというのは少なからず身に覚えがあるので、そんなことで傷つかずに明るく無邪気なままでいてほしい、そんな深刻に悩まないでほしいという思いもどこかに浮かんでくる。それであやめのような可愛い女の子が幸せになれるのだとしたら、その程度の許容力が世界にあってそんな女の子と風変わりな愛を育めるのだとしたら感謝すべきことだったのだけど…。といっても完全に文脈や空気が全能というわけではなく、程度の問題なのだろう。確かに「元に戻った」あやめが恥ずかしがるのは可愛いし、元に戻ってもずれたところは残っていて可愛い。こういう女の子は狭い世界に閉じ込めておいて独占したい、外の世界なんて憧れていられるうちが一番いいんだよと納得させたいと思うのはいくぶん病的かもしれないが、彼女とは既に傷を舐め合う関係になっていて、それでも彼女は少しも病的なところを感じさせないというところに禁忌の香りがあっていいのかもしれない。しかも、あるいはしかし、彼女を追い込む原因を作ったのは主人公なのである。共犯関係を言おうにも、こちらが全面的に悪い。厳密には全面的とはいえないのかもしれないが、結果論という不思議な論理によってこちらが決定的に悪い。結果論の残酷さは、まさに逸脱してしまったあやめの言動の残酷さと相似をなしており、それを見せられるたびにこちらの心も抉られる。そのあたりのことを踏まえると、あやめの脳天直撃の甘い喘ぎ声が、異常状態では一種の救いのように、最後のシーンでは一層素晴らしいものに感じられる。もちろん普段の能天気な声も素晴らしい。
 あやめだけでなく透香シナリオにも、また、翠シナリオや恋シナリオにも言えることかも知れないが(ついでになってしまうが、翠は“普通に”か弱い女の子で、一番意外性を楽しめたかもしれない;恋は声は苦手だったけどベタにしつこくつきまとってきたので一番安心して楽しめた)、ある種のダメ人間にとって理想の恋愛というのは、自己愛をも同時に満たせるような自分にそっくりな(しかし)可愛い女の子との恋愛であり、心地よく深い依存関係である。おっぱいと声はわかりやすく女性を強調する記号であり、自分に“似た”女の子のに美しいおっぱいと声があればそこに理想郷が現れる(男の娘派やふたなり派はこの願望をもっと過激に推し進めた人たちだと思う)。おっぱいと声が作る決定的な断絶のおかげで僕は安心して自分に似た影をヒロインに見いだし、おっぱいと声に包まれて煩わしい外界から開放される。エヴァとかで散々煮詰められたテーマだけど、結局この歳になっても自分はこじらせたままで半ば開き直っている。その意味で、この『夏空のペルセウス』がどこかあの世めいた弧絶した村を舞台とする、ちょっと暗い女の子たちのおっぱいな話であることには、見かけ以上の意味を読み込みたくなる。メーカーの単なる癖なのかもしれないが、全体的に影のつけ方が濃い目、色が滲みがちで、夏の強い日差しや湿度の高い空気感が出ているのがよい。それぞれのヒロインとの物語や彼女たちのおっぱいにもしっとりした陰影がつくような気がする。