月に寄りそう乙女の作法 (70)

 今年はシベリアで石炭が何万トン取れそうだとか、東ウクライナの内戦でアゾフ海の港からの鉄鋼の輸出に問題が出るんじゃないかとか気にしている人間にとって、服なんて別にユニクロでいい、むしろユニクロでさえ贅沢であって、下着とワイシャツ以外の服を最後に買ったのが何年前なのかも思い出せないような人間にとって、女の子たちが自分の部屋で机に向かって、苦心しつつ、あるいは夢中になって、自分が可愛いと思う服、美しいと思う服を紙に描いて一喜一憂している姿というのは、なんというか地味すぎて、ささやかすぎて、それ自体がとても可愛らしい。ファッションデザイナーとかいうと、なんかモードでセレブでうさんくさいイメージだが、攻撃的なスタイルでその傷つきやすい価値観を守ろうとしているのだなあと。というのはまあ、絵を描くという根源的な楽しみを子供の頃以来忘れてしまった人間の負け惜しみに見えるかもしれないな。
 湊の的確にツボを突いてくる健気さや、瑞穂の濃密なお花畑の香りや、お優しいルナ様の「大変に気分がいい」もよかったけど、特に涅槃感が強烈だったのはユーシェだった。ユーシェシナリオはシンプルなスポ根的お話で、そこに分かりやすい形で去勢感覚の克服のテーマが重ねられている。主人公の挫折は、よい作品を生み出せず、ルナに敗れ続けるユーシェの悩みと重ね合わせられる。性的な部分に関しては、勇気を出して誘ったユーシェを主人公が遠慮したり、1回目のエッチは痛がって失敗したり、それ以外でも主人公と従者の女装やユーシェの歪んだ日本語、ここでは二人とも根無しの外国人であることなど、去勢や不妊を思わせるモチーフが豊富だ。それを二人は努力で乗り越えようとする。天才ルナを超えるべき目標に見定め、屈辱を忍びつつもひたすら努力だ。その果てに生み出された奇跡の作品は、不毛に打ち克った二人の子供である。そんな二人にとっては毎晩続けた人知れぬ努力も、互いを支えあう夫婦の子作りの営みのようで、それは夢のように充実した時間だったのだろうなと思う。涼しくてからりと乾燥したスイスという国のイメージは、冷たく乾いた不妊の女のイメージと結びつき、ユーシェは「芯を入れてください」などと旧約聖書みたいな言葉を洩らす。そんな彼女が見せる最高の笑顔に、そしてその後で訪れたスイスの青い空気の中での幸せに、なんだか気が遠くなるような感覚を覚える。