こころリスタ! (メルチェ)

 某麗知恵さんの時は発音がなってないなどと生意気なことを書いてしまったが、スペイン語は分からないの、メルチェがエッチシーンでスペイン語で何かしゃべりだしても余計なことを考えずに楽しめた。メルセデスという名前がスペイン語的に女性名としてどう響くのか、また乗り物由来か、と思ってみてみたら、そもそも自動車メーカーの方がスペイン風の女性名をブランド名にしたとかで、メルセデス・ベンツブルジョアかマフィアが乗る車というイメージ(ロシアでもメルスといえば役人や成金が乗る庶民には無縁の車だ)を持っていた自分としては、ミロセルドナヤ、「慈悲深い人」という本来の方の意味に認識を改めねばならない。
 それはともかく、メルチェの登場シーンは現実感のなさが素晴らしかった。ラッキースケベでおっぱいクッションで、最初の一言が怪しげな日本語の「ダイジョ〜ブ? 頭。ダイジョ〜ブ」。これで頭が大丈夫でなくなったのかもしれない。体験版でもメルチェは登場していなくて、片言日本語キャラだから大して期待はできないだろうと思っていた。でも背は小さくておっぱいは大きくて、柔らかそうな表情と不思議な光る目をしたヒロインということで気にはしていたのだけど、実際にプレイしてみるまでは分からないなと思っていた。そして変な関西弁である。関西弁は個人的に苦手で、しかもさらに苦手なお笑い芸人の物まね好きとあれば、普通なら悲しみしかないはずなのだが、メルチェはどちらもへたくそで、しかもそれを気にせず一人で楽しそうにしているので、こちらも関西弁が本来持つ(?)威圧感を受けることなく、メルチェ独特のやさしい浮遊感を味わうことができるのである。多分、メルチェも母国語ならばもっと普通のイントネーションで話すはずなのだが、おかしな日本語でしゃべっている限りは、ある種の猫撫で声のような、あるいは詩の朗読のような、モノトーン気味な高い声になり、そのちょっと変な優しい声に現実観が揺らぐ。
 個人的な印象(昔マドリードやトレドやグラナダに観光したときの印象)では、スペイン人というのは全体的に背が小さくて(ロシアの後に行ったからか、平均身長は160cmくらいに感じた)、そのくせに老若男女みなが彫りが深くて濃い顔をしているので、ただ歩いているだけでなんともいえないユーモアが感じられて、ドン・キホーテの国だなと思ったものである。しかしながらロシアと同じく今はヨーロッパの辺境であり田舎であり、共産主義や独裁者に振り回された過去を持ち、ガルシア・ロルカを持ち出すまでもなく情念の国である。ラテン系とスラヴ系はノリが違うし、スペインの夏の熱風とロシアの秋のぬかるみはまったく別の精神性を育むような気がするけど、それでもこの二つの民族は互いに惹かれあうという話は聞いたことがある。カルメン(原作者はフランス人だが)をペテルブルクの吹雪の中で歌い上げた某詩人の作品とかも印象的だった。
 それはともかく、メルチェはスペイン人なのに彫りが深くなく(主人公の観察によれば深いらしい)、滑稽ないかつさがない。そして彼女は日本に夢見る留学生であり、つまり普通の生活をしていては見えないものを見ている。夢に守られている。時々外国人的な間合いの大胆さを見せて驚かせる。こういういろんな記号、記号の不確かさ、キメラ的な混淆、やさしい嘘が、メルチェというヒロインの非現実感や儚さにつながっているようで、丁寧に描かれているとはいえテンプレ的なキャラばかりのこの作品において、独特の軽やかさと存在感を持つように思えたのだった。BGMも軽やかで良かった。
 といっても、この不思議時空は不確かなもので、軽くアルコールを入れてプレイした登場シーン以降は、あまり強く感じられなかった。個別ルートのストーリーはバイクレースというさらに非日常的なものでありながらも短く、手堅く終わってしまった。僕は何を見たかったのだろうか。彼女はネットの中ではなく現実のキャラという設定でありながら一番不確かであり、その意味で現実的でもあるヒロインだったわけで、この作品の奥ゆかしさによく合っているのかもしれない。