夏色キセキ

 監督が「王道」的な物語にすると言っていて、確かに王道という言葉でイメージできるようなバランスの取れたいい話になっているのだけど、もちろんそれだけではなくて、なんというか仲良し4人組の女の子たちが共有する濃密な空気みたいなものが満ちていて、そこがこの作品が愛されている理由なんだろうなと思う。技術的なことはよく分からないので単なる印象だけど、切れのある演出とか絵面とかがなくても、これだけお互いのことを考えたり見たりしている4人組の夏を12話かけてじっくり描くというのは贅沢なアニメなのかもしれない。女の子の数がもっと多かったり、もっと引き延ばされた終わりのない日常を描いている作品は他にもたくさんありそうだけど、1人が最後に別れることを前提にした4人だけの夏は、わりと淡白な絵柄だけどとても濃い。実際はそうでもないかもしれないが、あまりサブキャラがなくて、ずっと4人の声ばかり聴いているような没入感がある。声だけのせいではなくて、アニメ的なガジェットとか、派手なアクションとか変身シーンとか魔法シーンとかなくて、視覚的なファンタジー要素は地味な石が光るだけのシーンしかないので、視聴者としては4人の女の子との顔の表情とか手足の動きとかを見るしかなくて(例えば、夏海と紗季、優香と凛子がくっついてしまうエピソードでは、地味な追いかけっこが長々と丁寧に描かれていて4人の身体の動きが記憶に残る)、そうしたストイックな女の子鑑賞作品であることが没入感を高めている。そして4人の女の子の絵がやはり地味に可愛くて、少し力を抜いてずっと見ていられる心地よさがある。例えば分かりやすいところでいえば、OPにおける紗季のこの表情が印象に残る。紗季は髪の毛のボリュームがあって少し重たい印象がある女の子なのだが、それが風で持ち上がりかけていることや、大人になりかかって生き方を考えるようになる中でふとぼんやりどこかを眺めているような一瞬の表情に目を奪われる。EDでは終盤に一瞬挿入される凛子のこの表情がよい。単に不思議系の女の子の真顔というわけではなく、この年齢の等身大の女の子が今現在も何かを見ているという強さというか余裕のなさというか、むき出しな一瞬を感じる(むき出しといえば、この凛子の姿勢とか顔の丸さも印象的だ。うまく言葉にできず自分でも何を言っているのかよく分からないが)。どれも一瞬のカットであり、抜き出した絵単体というよりは、前後との文脈の中での差異としても印象に残る。例えば、上の凛子のアップの顔はなんかゴロっと生で置かれるような挿入のされ方をしていて、むき出し感が高まっている。ちなみに、EDは改めてみると4人の部屋の順番に移していくカットとか、アスファルトに映る走る4人の影が変わっていく様子とか、4人を間接的に描く細かい演出がエモーショナルで面白い。もちろん本編にも改めてみればそういう一瞬がたくさん見つかると思う。一つ一つ挙げていく気力はないが、不思議なストーリーが、終わりに向かっていく焦燥感を微かに感じさせながらも、概ね毎回優しく終わるのもよかった。例えば、お化け屋敷を探検するエピソードは、シュタインズ・ゲートというよりは(最終話はさすがにシュタゲ風味を感じたが)、温かいオカルト話「きよみちゃん」を思い出した。
 個人的にはやはり紗季の表情と声が一番印象に残る。大人になったらきつめの美人になりそうな女の子で、既に落ち着いた表情とか物憂げな表情とかお母さんじみた物言いとかもするけど、まだ中学生なので丸さや幼さも残っていて不安定で絶妙なバランスになっている。第1話でかなり尖ったところを見せていたので、その後の友情にも常に陰影がついていたようでよかった。あと、八丈島に行くエピソードで透明になって全裸でうろついていたのも素晴らしかったし、小学生の自分にヌンチャクで殴打されて痛がっているのも可愛かった。4人のリーダー的ポジションにいない子が一番複雑に描かれていて、彼女がきっかけのエピソードが多かった。そのせいか不思議なバランスのとれた4人組になっていて、この感じこそがキセキだった。「終わらないものは思い出になってくれない」と言ってループする夏を終わらせようとする紗季は、個人的には作品のかなめになっていると思う。たぶん、他の女の子たちについても同様の感情移入で見ることはできるけど(例えば、凛子が手作りのコンサートチケットを見せたところで泣きそうになってしまったし、失恋や失敗を味わった優香を通して夏休みをみるのもいい)、僕の場合はたまたまこうなってしまったということだと思う。
 この作品が下田の町おこし的な意味を持っていたり、スフィアという声優ユニットに合わせて作られていたりすることは、個人的にわりとどうでもよいのだが(もともとアニメによる町おこしにも、物語やキャラクターから離れた声優という存在にも特に関心を持っていないし、キャラ声ではない声優ソングもあまり好きではない)、せっかくDVDなので特典のメイキング映像も並行して観た。メイキング映像はあまり集中してみると、声優やスタッフの顔とか言葉が作品を鑑賞する際のノイズになってしまうので軽めのながら見をするのが望ましく、とはいえどうしたって記憶に残ってしまうので本当に視聴してよかったのか分からないが、とりあえず関係者たちの顔と善意が見えたのはよかった。ついでに、いつか下田に行ってみる機会があるかは分からないが、行ったら面白いだろうなとお手軽な脳内聖地巡礼を想像する際の手助けにもなる。
 僕がこの作品の感想を書くとどうしてもおじさんが眩しい少女たちをじっくりと鑑賞する構図になってしまうのだが、作品自体はそんなおじさんとは関係なく美しく存在していて素晴らしい。

夏色キセキ