霞外籠逗留記 (60) Иллюзия эрогеймова сказа


 日本文学史はあまり知らないので適当だけど、講談調のエロゲ−、でいいのかな?冒頭で日夏耿之介からエピグラフがとられていたので、お、と思ったけど、本文のほうは別のジャンルだった。本文は作中でも触れられていたあのドグラマグラとか京極夏彦とかの冗漫な文体。これがどうも好きになれない。ドグラマグラ自体冒頭こそ面白かったものの、ダラダラと緊迫感のない文体に耐えられず途中で投げ出してしまった。講談というジャンル自体もともとは教訓的な内容で、講釈を垂れる常識人的な語り手を設定しており、それが壮絶だったり怪異だったりする話の内容と好コントラストをなすために幻想文学やいろんな翻訳文学の文体に採用されたりしたのだろうが、常識人的な観点から事あるごとになめらかに滑り出てくる「〜じゃあるまいし」的な強めプラス否定パターンの比喩や、世のことわり的なフォローの一言が、いちいち話を小さくまとめてしまうのを楽しめるほど僕はこのジャンルに思い入れはないし、こういう見方に満足できるほど自分が安全地帯にいるとも思っていない。和風のひなびた懐古趣味の素養は残念ながらない。
 そもそも「語り」が芸として磨かれれば磨かれるほど、語りのマスターとしての語り手の完成度は高いものとなり、安定する。言い忘れたが本作は久々の三人称のエロゲーで、地の文と主人公はきれいに分離されている。物語は主人公≒プレイヤーとヒロインたちとの直接の交歓の形式を取るのではなく、基本的にはすべて語り手の口を通じて提示される。しかもその語り手が講談調なので、僕とヒロインとの間におっさんくさい男が挟まっているようで鬱陶しい(笑)。まあ、おっさんくさいといっても別に脂っこい中年作家とか落語家というイメージではなく、ほとんど虚空に口だけで存在しているような抽象的な感じなのだけど。いつものことなのかもしれないが、ライアーソフトはニッチな作品ばかり作る。三人称のエロゲー自体マイナーだと思うけど、本作はさらに語り手に明確な色をもたせてその存在を主張することで、その特異性をさらに際立たせている。同じライターの神樹の館は確か三人称だったけど、ここまで語り手は自己主張していなかったし、比喩や倒置や間投詞などの話芸よりも、館の奇譚を描写することそのものの比重が強く、語りというよりは普通の三人称小説に近い感じだった。語り(スカース)というジャンル自体、手元にエイヘンバウムもトゥイニャーノフもないので適当だけど、「リアリズム」として「客観的」な伝達を目指し、空気となることを目指す語り手と、話芸として語り手の存在を前面に押し出し、その社会的階層などを記号として作品の要素とする語り手の二つの極の間でスペクトル状に広がるものだろう。本作が後者だとして、それはヒロインとの想像的な一体感を志向するキャラゲー・萌えゲーにとってはおそらく遮蔽物となるものである。各々の萌え記号はプレイヤーが自ら恣意的に完成させるべきものであって、第三者である語り手によって強固に組み立てられたオーダーメイドや中古品であってはならない。これがエロゲーにおいて一人称の語りがメジャーな理由である。うさんくせえ。ちなみに、神樹の館で組んだ田中ロミオは、その後最果てのイマでスカース的な語りとは別の角度から三人称の一人称への密輸を試みた。それほど三人称の文章には表現としての可能性があり、使える語彙が格段に増やせるから(本作でも語彙の豊富さは素晴らしい)。それでも文学の歴史的起源は演劇や詩という一人称的なジャンルにあり、それらのジャンルが感情移入して発話するという身体的なパフォーマンスによって完成するということを思えば、やっぱりエロゲーが本来的に近いのは一人称のほうなのかなあと。とはいえ、身体性を疎外して黙読に快楽を見出すことと、対象をどこか間接的な方法で愛でる萌えの美学は、どこか通じるところがある、本作のメインヒロインが萌えを拒絶するかのように江戸っ子弁なのも照れ隠しのためなのだ。まあこれじゃ単なる冗長なおしゃべりだな。
 ともあれ、当然ながら本作はここまで理論でスパッと割り切れるものでもない。アヴァンギャルド文学がアマチュアリズムやインファンタリズムを創作の要素として取り入れて以降、信用できない語り手という分野ができたように、受け手にも語り手を信用せずに話を解体する自由が与えられた。本作の語り手は残念ながら最後まで安全地帯から出ないけど、それでもクライマックスでは奥に引っ込み、音楽に語らせ、自分の代わりにヒロインに場所を譲るようにも見える。そしてようやくヒロインにプレイヤーは対面できるのだ。『(;´Д`)お手伝いさんハァハァ』。
 というかお手伝いさんルートがないのがちょっと残念。草柳順子さんの声はすごく好みなのに好きな作品にはサブとかでしか出ていない。お手伝いさんは音楽もよかった。音楽はドラクエ風だったりスクリャービン風だったりいろいろあったけど、全体的に個性的で心地のよいものが多くてよかった。冗漫なテキストは微妙だったけど音楽に救われていた分は個人的には大きかった。絵は体の線が筋肉質のが多くてイマイチだったが、一部のものはよかった。お気に入りのヒロインは、いい香りのする琵琶法師も捨てがたいが、やはり令嬢。みづはの可憐な部分が精製されたかのような彼女と、物見櫓で地図を眺めたりお茶を飲んだり・・・。