定金伸治『ユーフォリ・テクニカ』

 池袋のジュンク堂を何度のぞいてもなかったのに、出張先のとある北陸のブックオフにぶらっと入って見つけてしまった。
 漆黒のシャルノスに続き、またもや世紀末のロンドン!しかも題材がハイテンションな研究者生活!ごちそうさまです!
 理系のうらやましいところはたいていが共同研究の形態をとるということ。チームのメンバーとウマが合わなかったら地獄のような環境なのかもしれないけど、それでも互いに刺激を与え合いながら研究に打ち込めるというのがうらやましかった。昔ちょっとかじった人文系の研究では、基本的にはすべてが一人で紙の論文と向き合い、実験やフィールワーク的なものはなく、孤独の中で自分を追い詰めていくばかりだった。共同で何かやるといってもせいぜい自分のテーマとはちょっとかする程度の勉強会くらい。タルトゥー学派のような共同のビッグプロジェクトの時代は日本ではいつになったら来るのだろうとくすぶっていた。ただし学問のもたらす知的興奮自体はそれとはまた別の話だ。ろくな論文も書けずに不健康にひきこもりながらも、アカデミー級の碩学たちの切り開いてきた軌跡をたどりながらユーフォリアに包まれたことが幾度あったか。今振り返ると我ながら暗すぎて苦笑するほかないが、十代後半は長編小説を読んで情熱を燃やし、二十台半ばまでは学術書を読んでひっそりと気焔を上げていた。二十代後半からはエロゲーをやって奇声を発しているorz。かなうことなら僕もエルフェールたちのように、研究生活の中に幸せを見出せるような生き方をしてみたかった、と素直にうらやましく思う。この思いの前にはこの小説の多少の技術的な瑕疵など割とどうでもいい。シリーズ化されたら素晴らしいのだろうけど、幸福な夢はそのままに、研究というものが大きな理想に向かって終わりなき道を進むものであるように、この小説の描く理想郷も実現されないままに僕たちの大切なものであり続けたほうがよいのかもしれない。そういう鮮やかで軽やかな筆致で描かれた、夢の物語だ。