夜明けの時代は遠く過ぎ去り

 漆黒のシャルノスの絵師AKIRAさん(http://akira.pos.to/)の同人誌『しつこくのおさるのす』は今回のコミケの一番の目的だったのだが、これがやはり素晴らしい。シリーズの前作とかをプレイしていないこともあるせいか、所々よく分からない展開とか唐突に思える設定とかあったけど、それがまたいい、という絶妙なバランスのゲームだった。その省略されたがゆえの分かりにくさ・余白の妙はこの同人誌でもいい感じで残っていて、モランの過去の影とか、片親と岩窟王に象徴されるメアリの子供時代の寂しくて静かな感じとかたまらんです。メアリ本人は健気で前向きで真面目な女の子だとしても、彼女の記憶の中の過去はどこか寂しい冷たさを帯びている感じがして、ゲーム中で彼女の瞳が他人の悲劇を勝手に感じ取るかのようにして涙を流していたのも、メアリ自身が意図せずしてそういう寂しさに敏感だからだったのだろうと思わされる。今の彼女にとっては単なる迷惑で理不尽なことで、ひっきりなしに怪異に追いかけられる様は可哀想というしかないものだが、でも彼女自身の中にもそういう寂しさはあることを語らずして伝えるような見事な冊子になっていると思う。たとえ本人が意図していなくても、顔の雰囲気や目元になんとなく寂しさが漂っているから、周りが勝手に勘違いして僕のような怪異みたいな連中が群がってきてしまうという、可愛そうなモテモテヒロインなのかもしれない。マンガの最後のページでシャーリーと話す幼いメアリの淡い可愛さがなんとも切ない。記憶の中の幼年期がどこか寂しさを帯びるのは、それが現在を投影するものだからなのか、それとも現在からはもう手が届くことがない過ぎ去ったものだからなのか。いずれにしてもシャーリーに『なぜかっていうとね……』と語るメアリとシャーリーがいる丘は、不思議な寂しい風の吹く場所だなあと思う。彼女の子供時代だけではない。ガーニーや蓄音機や蒸気機械に賑わった20世紀初めという時代が、今ではもう過去という黄昏の薄闇に沈んでしまっている。その寂しさが怨念のようなものとなったのがこのゲームだったのでは、となんとなくメアリを見ていると思う。