夜明け前より瑠璃色な -Moonlight Cradle- (65)

 シンシアシナリオを終えた後で最後のフィーナシナリオが始まるというのはあまりにむごいような気がするので、先にシンシアの感想だけ吐き出しておく。二人の生きる時間の落差を描いて余韻を増幅させるというSF定番のモチーフに今回も懲りずにやられてしまった(リースシナリオの最後でもそれに近い技でやられたし、唐突だけど、昔読んだエヴァの二次創作で綾波が宇宙船のインターフェイスになる話もそういえばそんなだった)。物々しい感じのするフィアッカとは違って、シンシアは近所にいそうな女の子程度の気さくな感じだったからこそ、引き離された後のやるせなさがわざとらしくなく感じられる。かすかであればあるほど後からじわじわくるというのは、有名なべっかんこうさんの「判子絵」なのにシンシアの表情だけは主人公にはどこか儚さ・脆さを感じさせるというナンセンスが、シンシアの物語を終える頃には本当にそんな気がしてしまう(少なくとも個人的には)というおかしな体験によっても実証されてしまうというか。シンシアの自然体の気持ちのいい顔は、光の当て方によって表情を変える能面のように、やはり儚さを隠し持っていた、というかテキスト描写によってそういうニュアンスを付与されてしまった。ターミナルへと戻ったシンシアは実は相当追い詰められ、思い詰めていたことがさらりと明かされる。シンシア視点なので立ち絵は出ず、表情は分からない。代わりに宙に漂う百合の花や二人の写真が映される。物理的にも精神的にも静的な状態が保たれるターミナルの中までは、主人公の想像力は及ばない。Airほど極端ではないにしても、これも主人公が消えるタイプの話であって、一人ぼっちのシンシアを見ているのはプレイヤーだけという構図で、さらに、シンシアのいるのが時空間の連続性から切り離された島宇宙というちょっとずるいメタなひねりが入って、プレイヤーはシンシアとの遠いようで近いずれた距離感を感じざるをえない、のかも知れない。このシンシアのエッチシーンでの一生懸命な声にはなんだか心(も)打たれ、遠野そよぎさんはよい仕事をされていたと思う。コンパクトだけど広がりのあるストーリー、存在感のあるヒロインだった。
 そして最後のフィーナシナリオから夢心地のフィーナおまけシナリオ、エンディングまでの一連の心地よい流れ。とんがったセンスなんてなくてもこれほどいい作品を作れるのかと感心。ファンディスクとしてここまでうまくいくのはなかなか難しいかもしれない。キャラを壊さない抑制の効いた作りがよかった。取り立てて強烈なエピソードやシーンがない分、作品世界の雰囲気やヒロインたちの表情の雰囲気でこの作品を記憶するしかないのだけど、そんなふうにしていたら気が付いたらオーガストべっかんこうさんのファンになってしまったりするのかもしれない。物語自体は決して読みごたえがあるわけではないから、こればかりは一通りプレイしてみないと分からないことで、何か自分の言葉で整理できないのがちょっと残念だが、強いてこだわることでもない。とりあえずはよい物語に感謝しつつ。