こころリスタ! (星歌)

 大昔の記憶なのであやふやだけど、トルストイの『復活』でネフリュードフがカチューシャの斜視の目に惹かれていくというのを読んだとき、斜視という言葉の意味が分からないまま読んでいて、なぜか黒目の大きな目(カチューシャの目は黒くなかったっけ)、どころ見ているのか分からないほどに大きな黒い目のことだと思っていた。
 この作品では星歌とさちがキャラデザ的に黒目キャラ(性格には目の色は黒じゃないけど)になっていて、そこに惹かれてしまう。大きな黒目(なんか正確な日本語がありそうだが恥ずかしながら知らない)はそれだけで無条件にこちらとの距離を縮めてしまうところがあって、とても美しいのに、なんだかあるだけで目の持ち主を傷つけているというか、痛ましく見せるようなところがあって、全く余計なお世話なのだが同情のようなものを誘うところがある気がする。目の黒さに陰を感じるということなのかな。それとも無防備さか。そんな目をした妹が部屋にこもって、スマホの合成音声で会話していて、自称が「ぼく」で、着ぐるみの中に隠れていたりすると、いくら兄に生意気な口をきこうがやはり微かな痛ましさを感じざるを得ず、普通の他人という距離感は崩れてしまう。星歌は勝手に内面化されて、他人ではなくなる。家族なのだから当然なのかもしれないが、雪音とは違って、あの視線でそうなってしまうのだからお兄ちゃんとしてはこちらの方が業が深い気がする(雪音シナリオは未プレイ)。だからあの告白、自室でのコンサートのシーンの奇跡のようなやさしい雰囲気にはすっかりやられた。
 ところがこれが大層性欲が強い子で、お兄ちゃんは参った。目が黒い女の子が、おっぱいが大きくて性欲が強いとか!もともと自他の境界が揺らいでいるところで、性欲の話をされたら、一緒に変態性を認め合って依存しあうしかないじゃないですか。まあでもこの作品の主人公は割かししっかり者だ。星歌もなかなか他人を信用できない臆病者なので(オナニーを見せるのとは別次元の信頼についていつも考えているのだ)、二人っきりで留守番になっても、「でも我慢しているんだよ」と言いつつも、もどかしげなそぶりすら見せずにソファに寝ているだけである。ただし着ぐるみの下は全裸で。腫れ物に触るみたいなのは嫌、と主張してみても、やっぱり自分からは言い出せない。二人でいられる時間は短く、終わりがある逃避行のようなもので、そんな中で妹はどうしたらよいのか分からずソファに転がっているだけ。甘くてもどかしい刹那的な時間である。キスをしたいと言ったら、「すれば」って。そして夢中になって「おにいちゃん」だ。部活にも兄妹で参加したいと言い出す。はじめは好きなのかどうか分からないとか強調していたくせに、気がついたらべったりです。本当はただ二人で部屋なり仮想空間なりにずっと引きこもってしまってもよさそうだし、星歌もそのことをよく知っているのだろうけど、それでも社会復帰を選ぶところに感慨深いものがある。花開いていく感じがする。
 個人的にアイドルというシステムが好きでないので、星歌と主人公の選んだ道についてはいろいろと想像すればついていけないところも出てくると思うが、物語自体はとてもきれいなところ、花が開いたところを見せて終わっていたので、面倒なことは考えず気持ちよく彼女の幸せを想像することにしよう。