流れ

 今日は週一の買い出しにいったら業務スーパーで「にんじゃりばんばん」が流れていて、久々に化物語のMADを思い出して懐かしくなった。調べてみたら化物語シリーズはまだ続いていた。僕は続・終物語で脱落していたが(あと撫物語は読んでいた)、これは2014年刊行だった。つまり独身時代の最後の頃だ。このシリーズにはポップなところがあるので(見事なまでに作者が前に出てこない)のめりこむようなはまり方はしなかったけど、にぎやかながら孤独を抱えた雰囲気が心地よくて、アニメの出来もよいのでけっこう長いつきあいになったが、そのうち似たタイトルばかりで読んだかどうかよくわからなくなって同じ本を買ってしまったりして、続・終物語で一区切りになったので追いかけるのをやめたのだった。でもやはりあの暗いけど明るい雰囲気は懐かしくて、いろいろ動画を漁った挙句、未読の続編を5冊くらい読んでみることにしてぽちった。
 そのついでにニコニコ動画で「思い出は億千万」に行きついてまた懐かしくなった。アニメ版も悪くないが、個人的にはオリジナルのプレイ動画が(2007年の日記にも書いたがロックマン2はファミコンで遊んでいた子供の頃の記憶を呼び起こしてくれる。別に大した感動があるゲームでもないけど、この動画に映っている全てのディティールが懐かしい。2007年の日記を書いた後、僕は転職し、Aはさらにドロップアウトしてまともな対話もできなくなった。Mはもうこの世にいない。3人でロックマンの映るテレビを見ていたあの頃は何だったのか、意味は曖昧なまま、記憶だけ残り、時間が流れていく。

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 子供の頃を思い出したのは、もうすぐ自分にも子供が誕生するからかもしれない(思い出に浸っている場合ではない)。最近は毎日のように不安で泣いている嫁は、入院中に寂しくないようにと、病院に持っていくために独身時代からのいろんな写真を集めている(あとお菓子を大量に買っている)。僕と出会う前のけっこうすらっとしていて美人だった時代の写真もあって、僕は何を羨んだらいいのかもよくわからず、この歳になると誰でも大切なものの少なくとも一部は過去にあり(あるいは過去とつながっていて)、それは必ずしも誰かと共有できるわけじゃないんだなと少し寂しくなる。誰もがそうならば、そのことを共有できているわけだから寂しくはないのかもしれないけど。同時に、子供という未来のかたまりのような存在を迎えて、また人生を続けていけるのかなと若返れるような幻想も抱く。これからは週末に暇だな、何しようかな、なんて思える日は20年くらいなくなっちゃうかもねと言い合いながら。
 時の流れのままに放映されるアニメを見たり買ったゲームや小説を読んだりしてその都度楽しんで、楽しみが終わって、また新しい楽しみを見つけてという体験が移ろっていく。ロックマン2は時間に関する何の自覚もなかった子供時代を、化物語は孤独を楽しみ(いつか孤独が贅沢になるなんて思っていなかった)、自分なりに素晴らしいもの・美しいものを探していた独身時代を思い出させてくれる。物語シリーズは時間の進行が遅くて、さらに一人称小説なので、いつでもあの頃に戻らせてくれるのもよい。最近数年に触れてきた作品たちは、子供が生まれる前の数年の感覚をその空気感と共に思い出させてくれることになるのだろうか。