前田和泉『マリーナ・ツヴェターエワ』

マリーナ・ツヴェターエワ
 こちらも得るものは少なかった。10年以上前に出たカーリンスキーの『知られざるマリーナ・ツヴェターエワ』からの新しい発見がほとんどない。というかむしろ後退している。いわく「本書は学術書ではない」けど、400ページ以上も延々と伝記語られてもなあ。著者の筆力も弱く、休むことなく情熱的に言葉を演出し続け、言葉に憑かれていったツヴェターエワの温度を伝えるには貧弱。ツヴェターエワは内面を克明に書くのが上手いし、グラフォマニアかというほどたくさんの文字資料を残したし、その生涯も伝記向けのドラマチックなものだけど、でもそれにそのままに乗ってしまうのは安易な気がする。伝記にまとめてしまうとセンチメンタルになってしまう詩人像ではなく(実際のツヴェターエワは、確かに誇り高い詩人ではあったけど、それとは別に、文字の魔力に憑かれた弱い人間であり臆病な文学少女だった、というほうがまだ少しは現代人である僕らには親しみやすいような)、そうではなく、ツヴェターエワの強靭な想像力とのびやかなリズム、彼女の圧倒的なエネルギーをもっと直接的に、作品鑑賞を通して伝えるほうがいいような気がする。えらそうなこといって、ならお前やってみろと言われてもできません。すみません。ツヴェターエワの詩のシンタクスと音韻は日本語に移せないし、しかもそこが彼女の詩の魅力の背骨といえる部分を成す。でもそれを描き出すことは本書の課題ではなかったようだ。